2009年11月09日

「古代九州の国宝」

九州国立博物館では11月29日(日)まで
「古代九州の国宝」展をやっています。
先週の土曜日に行ってきました。
古代好きだから、堪能できましたよ。

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写真は九州国立博物館からの提供

見たいと思ってこれまで見る機会がなかったものが見られてよかったです。


前原の平原遺跡(ひらばるいせき)から出土した
「大型内行花文鏡」は鏡の大きさに驚きです。

岩戸山古墳から出土した「石人石馬」は、
大きくて、大らかさを感じます。

月岡古墳の装飾画(模写)は古代のインスタレーション。
繰り返し描かれる同心円は何かを意味しているのかもしれませんが、
その抽象センスに惹かれます。


posted by 理乃 at 22:17| 福岡 晴れ| Comment(2) | ●九州国立博物館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

まほろばの花たち その52 菊

菊の季節です。
太宰府天満宮では
第56回菊花展(回廊・天神広場/23日まで)が催されています。
それに準じて参道にも菊が飾れています。
そして文化ふれあい館にも…。

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今日の政庁通りは散策する人々が多かったです。
11月とは思えない陽気で、
絶好のお散歩日和でしたね。
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2009年10月28日

まほろばの花たち その51 ツワブキ

太宰府天満宮でツワブキを見かけました。
わが家の庭にも咲いてます。

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posted by 理乃 at 23:12| 福岡 | Comment(4) | ★まほろばの花たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

狛犬玉手箱 その13 灯篭の上の狛犬

太宰府天満宮の狛犬は4対だと思ってました。
…と、ところが…!

本日、太宰府天満宮参道取材中、
ひと休みと梅ヶ枝餅片手にベンチに腰掛けて、
ふと目を上げると…。
いた!

太鼓橋の前の灯篭の上に…。
なんで今まで気付かないの? わたし…。

とても立派な江戸時代の灯篭がありまして、
その上に狛犬さんがいるのです。

では右の灯篭から。

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面白い格好をしています。

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左手をお手みたいに上げてるんです。
痩せてるし。
これって招き狛犬??

左の灯篭です。

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こちらは思いっきり逆立ちしてます。

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そんなにのけぞらなくても…って思うんですけど。

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江戸時代からずっと逆立ちしてます。

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文化9年(1812)。

灯篭の上の狛犬というスタイルがあることは知っていて、
いつか見たいなんて思ってたんですけど、
こんなに身近にありました。
やっと会えたよ〜ハートたち(複数ハート)


タグ:狛犬
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2009年10月24日

恋する樹木 その22 水城の櫨

太宰府に住む楽しみは近くのお散歩
夕暮れ時のお散歩は何より好き。

さて、今日はいつものお散歩コースの一つ、
水城の展望台に上がりました。

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ここにある1本の櫨が実をつけて、
葉っぱも紅葉し始めてました。

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櫨の実。

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あかまんま(イヌタデ)も咲いてました。

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これは名も知らぬ野菊。

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これはくっつき虫。
たぶんアメリカセンダングサ。

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まだ熟してないけど、
こんなふうに野原を歩くと
いつのまにか服にくっついているいとしい植物。

野原の何でもない植物が好き。
おごらず、主張せず、
でも限りなく美しい・・・。

★おまけ
お昼に食べた『ジャンドゥ』の「クロワッサン・ザマンド」。
中にりんごも入っているのです。

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2009年10月23日

見えた! オリオン座流星群

寝る前にオリオン座流星群を見ようと、
玄関に出ました。
オリオン座は目の前。

でも、なかなか現れない流星。
椅子も持ってきて座って夜空を見つめました。

するとオリオン座の左上にスーって、
星が流れていったのです!

この流れ星は3000年前にハレー彗星が残したちりだそう。

久しぶりに見た流れ星でした。
posted by 理乃 at 01:25| 福岡 | Comment(2) | NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

狛犬玉手箱 その9 榎社の筑紫型狛犬

菅原道真公が901年に大宰府に左遷されてから、
903年まで謫居されていた場所に建つ榎社。

ここの狛犬は周辺の狛犬とそっくりです。
そのため、わたしは筑紫型ととりあえず分類してみます。

では、阿形(あぎょう)から。

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吽形(うんぎょう)です。

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昭和12年作。

筑紫型はなかなかイケメンです。

ほかにどんなのがあるかというと、
これまでにアップしている分ですが、ご覧ください。

次は水城にある老松神社の狛犬。
明治36年作。
石工は白水九兵衛さん。

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次は通古賀にある王城神社の狛犬さん。
明治33年作。
石工は河内●●さん。

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次はお隣の筑紫野市二日市の二日市八幡宮の狛犬さん2種。
1つ目は県道112号に面した方の鳥居の下の狛犬さん。
年代、作者ともに不明。
古くて、風化が進んでいます。

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もう1つは本殿前の狛犬さん。
昭和12年作です。

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榎社と二日市八幡宮の狛犬は同じ昭和12年に制作されています。
ここまで似ていたら、これは同じ工房の作品ではないのでしょうか?

最後に博多区上月隅の地禄神社の狛犬さん。
昭和3年。
石工は柴田清さん。
同じ流れだと思います。

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いかがですか?
筑紫型狛犬さんたち。
特徴は胸の筋肉はもりもりしているけれど、
背中は痩せて骨が浮き出ていることってところかな。



posted by 理乃 at 23:06| 福岡 晴れ| Comment(2) | ★狛犬玉手箱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

竈門神社境内の式部神社

竈門神社の階段を上がっていくと、
すぐ左手に式部稲荷があります。

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狛狐さん、いるかなぁ、と思って寄ってみれば、
いました。

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右の狛狐さんです。

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耳と口の中に朱が塗ってあります。
口には宝玉をくわえています。
全体につるりとした彫りです。

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台座には昭和49年って彫ってあるのですが、
狛狐さんはもっと古くないのかなぁ?

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尻尾が丸太みたい。

左の狛狐です。

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巻物をくわえています。

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目が・・・。

ところで式部稲荷の式部って??

posted by 理乃 at 00:04| 福岡 晴れ| Comment(0) | ●竈門神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

都府楼跡の『大宰府碑』

今日は都府楼跡の正殿があった位置に建つ、
右手の石碑『太宰府碑』をご紹介します。
この石碑は福岡藩西学問所甘棠館(かんとうかん)の教授、
亀井南冥(なんめい)が、寛政元年(1789)に撰したもの。
でも文中の
「まさに今、国邑を封建し、名器いにしへえにあらず」
という箇所が勤王精神の表れと取られ、
建立の許可は出ませんでした。
この碑が建ったのは、それから130年ほど後のこと。
大正3年(1914)、門下生の尽力により建立されたのです。

※参考『西都 太宰府』

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posted by 理乃 at 23:20| 福岡 晴れ| Comment(0) | ●都府楼跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

都府楼跡の左の石碑

今日は都府楼跡の正殿の位置に建つ左手の碑をご紹介します。

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前回の石碑は個人が建てたものですが、
今回は御笠郡の人々が建てたものだそうです。

御笠郡の人々は都府楼跡が忘れ去られていくことを恐れて、
明治13年(1880)、
福岡県令の渡辺清に文を撰してもらい、
大宰府の由来を記しました。

渡辺清は江戸城明け渡しの際、
西郷隆盛と勝海舟との会談に同席したそうです。

※県令=明治4年(1871)廃藩置県に伴い、
県に置かれた長官。1886年に知事と改称する。

◎参考『西都 大宰府』
posted by 理乃 at 03:19| 福岡 | Comment(0) | ●都府楼跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする