2017年09月16日

梅のデサインコレクション:プラムカルコアの天井

久しぶりの梅のデサインコレクション。
プラムカルコアの天井です。

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posted by 理乃(ニックネーム) at 22:32| 福岡 ☁| Comment(0) | ★梅のデザインコレクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

太宰府関連本:杉本苑子『穢土荘厳(えどしょうごん)』

読み応えのある本を読了。
今年なくなった歴史小説家、杉本苑子の『穢土荘厳』だ。
300ページの上下二巻。二段組。
物語は長屋王の変(729年)の直前から始り、
東大寺の大仏開眼法要のクライマックスで終える。
聖武天皇の時代、蘇我氏系の勢力に対して、
宇合を中心とする藤原氏が権力奪取を企て、
宿敵長屋王を襲撃して一家を自殺に追い込む。
しかし藤原四兄弟は天然痘の流行で相次ぎ死亡。
代って台頭した橘諸兄、吉備真備、玄ムに反発した宇合の長男、広嗣は
左遷された大宰府から挙兵。
広嗣は鎮圧されるものの、度重なる出来事に憂鬱症気味の聖武天皇は
平城京を脱出して遷都を繰り返し迷走。
主人公と見なされる手代夏雄は長屋王の従者として登場。
主人が襲われたとき自らも傷つき、
動けるようになったとき、その企みに片思いの美女が加担したと知り、暗殺する。
その後、行基に出会い出家。
律令制、それは奴隷制と共にあった。
人と人として扱わない奴隷制。
大仏の造営作業の中で奴隷たちは傷ついても手当もしてもらえず、
それこそ虫けら同然に捨てられた。
そう彼らは人ではなかった。家畜と同じで市場で売買された。
律令制の話が出るとき、そういう闇の部分はあまり聞くことがなかったように思う。
彼らは溶けた銅で焼けただれても、
もちろん華やかな開眼法要に呼ばれることなどなかった。
昨晩読んだ大仏開眼法要の儀式を高みから眺める僧となった夏雄、こと行浄と
兄弟子、行善の会話に作者の主張が込められていて感動した。

「国ごとに国分寺・国分尼寺を配置し、
都に総国分寺たる東大寺を建てて大毘盧遮那仏をその中心に据えたのは、
おそらく聖武上皇が日本全土を一大仏国たらしめようと構想されたからでしょう。
でも、いまは亡きわれらの師行基大徳は『大伽藍などいらぬ、
仏像もいらぬ。仏者たるものの真骨頂は、
釈尊がなされたように王侯の身分を捨て、一鉢の食を乞いつつ真理を「探求することに在る。・・・』」

「壮麗な堂塔や巨大な仏像に先んじて、
施薬院、寮病院、あるいは飢民に食をほどこす悲田院などを、
もっと建てるべきでしたね。」

「皇族や貴族らには一切衆生の観念が持てないのだよ。
・・・・外側にはみ出して霞むほど遠くに押しやられた連中は
人間とさえ見なされていない。・・・・。」

「貴賎の垣、浄穢の偏見を打ち破って一切衆生の『心』の中に、
仏国土を創造することはついにできなかった」

「浄土は空のあなたに在るものではなく、
めいめいの心の中に求めるべきものなのだ」

奴隷はいなくなったのかもしれないが、
現代もまた律令の世のように病んでいる。
災害によって何年も仮設住宅に住み続けなければならない人々など、
もしも日本が仏の国なら、率先してやるべきことがあるだろう。

※『穢土荘厳(えどしょうごん)』参照

穢土荘厳〈上〉 (文春文庫) -
穢土荘厳〈上〉 (文春文庫) -

穢土荘厳〈下〉 (文春文庫) -
穢土荘厳〈下〉 (文春文庫) -
posted by 理乃(ニックネーム) at 17:07| 福岡 ☀| Comment(0) | ★太宰府関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月30日

【まほろばの昆虫 クサギカメムシ】

昨日、うちの塗りたての塀にクサギカメムシを発見!
なんでもこの虫、悪臭を放ち、
学校に入り込んで授業が中断されたり、
室内に入って放った悪臭が充満して頭痛や嘔吐を引き起こす場合もあるとのこと。
昨日、接近したときは匂いを放ちませんでしたが、
家の中には入ってきてもらいたくないですね。

※閲覧注意! クサギカメムシ画像あり












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posted by 理乃(ニックネーム) at 12:15| 福岡 ☁| Comment(0) | ★日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【まほろばの昆虫 クサギカメムシ】

昨日、うちの塗りたての塀にクサギカメムシを発見!
なんでもこの虫、悪臭を放ち、
学校に入り込んで授業が中断されたり、
室内に入って放った悪臭が充満して頭痛や嘔吐を引き起こす場合もあるとのこと。
昨日、接近したときは匂いを放ちませんでしたが、
家の中には入ってきてもらいたくないですね。

※閲覧注意! クサギカメムシ画像あり

クサギカメムシ - コピー.JPG
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2017年08月20日

戒壇院のリコリス

今朝、戒壇院の参道でリコリスを見ました。

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最近植えられたものかしら?
ここで初めて見ました。

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もう秋の虫も鳴いています。
もうじき夏も終わり。
夏の思い出が足りない方は駆け足で!
posted by 理乃(ニックネーム) at 10:27| 福岡 ☁| Comment(0) | ●戒壇院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

ラスコー展

初めて夜の九博に行ってきました。
観光客が太宰府から出るために混み合う道を逆走。
静かになった九博へ向かいます。
ゆったりと「ラスコー展」を見ることができました。
フランスで少し暮らしたとき、
同じアキテーヌ地方にいたのだけど、行けなかったラスコーの洞窟。
なんと太宰府へやってきてくれました。
大人も子どもも楽しめる展示。
ラスコーの壁画を描いた2万年も前のクロマニヨン人のことがよく分かります。
それにしても何という芸術的な絵画。

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ラスコー洞窟壁画を精巧な模型で再現しているので、
その大きさが理解できます。

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エリザベット・デナスが作成したクロマニヨン人の生き人形がリアル。
現代にもこんな顔のフランス人、たくさんいるような。

会場には謎のクロマニヨン語を話す生クロマニヨン人が出現。

「クー、ザッパ、ジュボーン」
「ロー?」
笑える言語(笑)

金曜、土曜は午後8時まで。
暑い夏は夜の九博がオススメです。
posted by 理乃(ニックネーム) at 22:07| 福岡 ☀| Comment(0) | ●九州国立博物館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

水城館

国の特別史跡水城跡の東門跡に今年4月にオープンした施設。
なんと土塁の中に。

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とても過ごしやすい施設です。

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太宰府の入り口で全体のことを学ぶのにぴったり。
車で福岡方面からきたら、
水城3丁目信号を112号線に沿った水城館前の細い道に入ります。
少し進んで右手の舗装されていないところが駐車場です。

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館内ではビデオを上映。

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休憩スペースもトイレも自動販売機もあります。

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posted by 理乃(ニックネーム) at 15:33| 福岡 | Comment(2) | NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

通古賀近隣公園のドロクサンヤネのセンダン

通古賀へ用事があったので、
近隣公園のドロクサンヤネのセンダン(古名は楝:オウチ)を見てきました。

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樹齢200年前後のセンダンの木。

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江戸時代、通古賀に住む医者の陶山道益氏は
氾濫を繰り返す御笠川の堤防を丈夫にするために竹などを植えましたた。

薮となった堤防は「ドウエキサンヤネ」と言われ、
いつしか「ドロクサンヤネ」と変化したもよう。
御笠川が氾濫しやすい川ということを警告する木です。

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国道3号線との境の壁には神幸式の絵が描かれています。

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このセンダンは太宰府市内にある木の中でも大きなもの。


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人っ子一人いない公園で道益さんを偲ばせる大木を眺めてきました。

※太宰府市文化財情報サイト参照。

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駐車場あり。
posted by 理乃(ニックネーム) at 14:51| 福岡 ☀| Comment(2) | ●太宰府市内そのほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

麗しまほろば

●麗しまほろば

那の津から南下すると
両側から突き出た山の隙間を塞ぐように
水で守られた高く長い堤の水城がある
その門をくぐり
古い都 大宰府へ入ろう

左に天を衝くような国分寺の七重塔
背後の霧が棚引く屏風のような大野山には
中大兄皇子が水城に続いて築かせた大野城がある
馬蹄形の山頂に沿って土塁が築かれ
七十棟もの建物が建てられた
水城と大野城が築かれたのは
白村江の闘いに負けた倭の国を守るため
戦に駆り出された兵士たちの多くは戻ってこなかった

大野城から見下ろせば都府楼があり
龍が深く息を吸って地に潜り 出てきたところに
朱塗りの柱が立ち並ぶ正殿が建てられた

その先にあるのは吉備真備が造った学校院
明教・医術・算術を学んでいたのは
二百人もの若者たち
瀟洒な建物の壁面を優美な花模様の煉瓦が飾る

隣の観世音寺は西海道一の大伽藍
落成供養の導師は玄宗皇帝にも重んじられた僧玄ム
巨大な心礎の上に五重塔が聳え
日本で一番古い梵鐘の音色が厳かに鳴り響く

このまほろばで
旅人も憶良も
愛する人を亡くした哀しみや 貧しい人々への哀れみや
凛として香り高い梅の花を詠った
やがては道真が幼い紅姫と隈麿と暮らし
痛切な思いを詩に刻んだ

大野城の城門も都府楼の正殿も失われても
緑の樹々で覆われた道を辿れば
霧の中に甦る
大宰府は 麗しまほろば

※2016年度版 福岡県詩集掲載


posted by 理乃(ニックネーム) at 22:23| 福岡 ☔| Comment(0) | NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月13日

太宰府市図書館へ寄贈:「遙かなる漂流」

1997年の出版ですが、太宰府にとても関わりの深い
豊福知徳氏の人と作品についての本「遙かなる漂流」を
太宰府市民図書館に寄贈しました。

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福岡で1カ月、ミラノで2週間取材して書いたものです。
豊福知徳さんは世界的な彫刻家ですが、
戦後すぐ、冨永朝堂先生に師事し、その時代は戒壇院に居候していました。
そのころの観世音寺金堂の鬼瓦が一昨年、豊福作品と分かったばかり。
豊福先生に興味のある方はぜひ「遙かなる漂流」を手に取ってください。
(※題字がシルバーなので写真は見えにくなっています。)
posted by 理乃(ニックネーム) at 18:20| 福岡 ☀| Comment(0) | NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする