2015年10月09日

都府楼跡のピラカンサ

秋真っ盛り。
こちらは都府楼跡のピラカンサ。

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まだ真っ赤ではないけど、色づいてきています。
水城のコスモスは背は例年ほど高くないけど、
花を咲かせています。
アサギマダラも見かけたといううわさが。。。
posted by 理乃(ニックネーム) at 10:45| 福岡 ☁| Comment(2) | ●都府楼跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月05日

玄清法印の墓

太宰府にある玄清法印の墓を調べていてCDをいただきました。

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玄清法印は天平神護2年(766年)宝満宮の神官であった
橘左近尉光政の子として太宰府に生まれたそうです。
17才で失明して盲僧となり、
琵琶を弾いて奇跡を行い人々を苦しみから救いました。
最澄が比叡山延暦寺を建てるとき毒蛇に困り、
玄清法印に毒蛇退治を依頼。
法印が琵琶を弾いて経を唱えると、
たくさんいた毒蛇は退散したとのこと。
玄清法印が太宰府に戻ると天然痘が流行中でした。
またしても法印は四王寺山に登って
経を唱え琵琶を弾き天然痘の流行を鎮めたとのこと。
玄清法印は延暦8年(789年)に坂本に草庵を開き成就院と名づけました。
57歳で没した玄清法印の墓は分からず、
天保5年(1834年)年、四王寺山上に碑が建てられました。
その場には玄清法流の盲僧が集まり三日三晩琵琶を弾き続けたそう。
その後、明治34年(1901年)に坂本で玄清の塔婆と成就院の跡が発見され、
昭和43年(1968年)に建てられたのが、今、坂本にある墓。
このお墓をお世話をしているのが、
明治40年に高宮に移った成就院の檀家の方々なのです。
今も一月に一度来られているそう。
ビッグニュースは平成28年から10年かけて
50億円の浄財を投じて根本中堂の平成特別大改修が行われること。
その大改修にあわせて1200年前の創建の際、
地鎮法要を行った2つの伝統法流の一つ、
玄清法流も地鎮法要を行うということなんです。
1200年の時を超えて。。。

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※参考:西都太宰府サイト
posted by 理乃(ニックネーム) at 11:57| 福岡 ☁| Comment(0) | ●太宰府市内そのほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月03日

「ジャン・ドゥ」のラムレーズンサンド

今日のお昼は「ジャン・ドゥ」(西鉄都府楼前駅近く)の駐車場。
ラムレーズンサンド。

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バターたっぷりブリオッシュ生地に、
フレッシュなラムレーズンクリームが、これまたたっぷり。
posted by 理乃(ニックネーム) at 16:04| 福岡 ☁| Comment(0) | ★パン屋さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする