2017年03月27日

『眩人』 松本清張

太宰府関連本。

眩人 (中公文庫) -
眩人 (中公文庫) -

太宰府を訪れた人物の中でも、その華麗な経歴と不可思議な死で興味深い玄ム。
その物語に興味があって読んでみた。

500ページを超える大作の第一部は長安の都での玄ムの物語。
真面目な僧と思っていた玄ム像はここで壊される。
玄宗皇帝から紫の袈裟を着る許しを得たということも、
師について仏教を学んだことも、
そういうことにしておこうという玄ムの空言となっていて驚く。
身をもちくずした留学僧と懇意になり、
ゾロアスター教の寺院の儀式に参加した玄ムは妖しい幻覚を見て以来、
使われた秘薬を手に入れようと奔走する。
帰国の船は4艘のうち無事に帰還できたのは1艘のみ。
しかも種子島に漂着した。
平城京へ向かう途中、大宰府に立ち寄り、建築中の観世音寺を見る。
第二部は玄ムが長安から連れてきた雑技に長けた若きペルシャ人
李密翳が玄ムを語るという体裁になっている。
平城京での玄ムは朝廷に取り入り、
長い間病で閉じこもっていた聖武天皇の母宮子を李密翳が処方する秘薬で完治させ、
その後、宮子、皇后光明子、皇太子(娘)にも寵愛を受ける。
そのすべてと関係があるという噂を立てられつつ。
則天武后に傾倒していた玄ムは彼女が諸国に寺院を建設したように、
大仏と国分寺、国分尼寺の建設を光明子に進言する。
栄華を誇っていた玄ムにもやがて影が差す。
台頭してきた藤原仲麻呂により造観世音寺別当に左遷させられると、
怪死を遂げることになる。
玄ムの死は藤原広嗣の残党の仕業と言われていた説を
清張は藤原仲麻呂の陰謀だとする。
仏教に影響をもたらしたゾロアスターという宗教が謎めく。
火を崇めたゾロアスター教。
光明子の名も国分寺の正式名称、金光明四天王護国之寺も火に関係している。
玄ムの死後、二回目の遣唐使となる真備もまた筑紫に左遷されるなど、
この時代の権力闘争は熾烈なもの。
知れば知るほど歴史は面白い。

※表紙、挿絵は平山郁夫
posted by 理乃(ニックネーム) at 01:54| 福岡 ☁| Comment(0) | ★太宰府関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月21日

梅大路の道標

五条駅入り口交差点にあるこの道標。

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建てられたのは明治11(1878)年のこと。
道案内ですね。

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「これより右 天拝山 二日市 榎寺 湯町」
「これより左 針摺 松崎 久留米 熊本 甘木 日田 佐賀 長崎」

旅人はこの道標を便りに通り過ぎていったのでしょう。
明治35(1902)年になるとここに太宰府馬車鉄道が引かれます。
明治40(1907)年に太宰府馬車鉄道は太宰府軌道と名称が変更。
大正2(1913)年太宰府軌道は動力を馬から蒸気に変更。
今の大牟田線ができるのは昭和25(1950)年のこと。
足しか輸送の手段がなかった時代を忍ばせる道標ですね。
posted by 理乃(ニックネーム) at 14:47| 福岡 ☁| Comment(0) | ●五条 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

竹崎陽子の銅版画教室作品展

元少女漫画家の銅版画作家、竹崎陽子さん。
太宰府在住の作家です
先月は天神の奇妙な空間、「サナトリウム」で個展をされたばかりですが、
今回は講師をしている銅版画教室の作品展。

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竹崎さんの銅版画が見られるほか、
教室の生徒さんたちのそれぞれの個性が出ている作品が
いきいき情報センターの市民ギャラリーに展示されています。
銅版画は銅版を腐蝕しなければできないエッチングや
アクアチントがありますが、竹崎さんは.ドライポイントという
銅版を直接引っ掻いて作る技法を用いています。
白と黒だけなのに、深みのある世界が描けます。
その独自の世界、緻密な彫り、
物語のあるイメージはとても魅力的。
31日まで展示されているのでぜひご覧ください。
posted by 理乃(ニックネーム) at 18:57| 福岡 | Comment(0) | ★日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月14日

藤沢周平『白き瓶(かめ)』 小説 長塚節(たかし)

初めて藤沢周平の本を読みました。
『白き瓶』。
長塚節の伝記です。
長塚節は歌人、小説家。
1879年(明治12年)に茨城県国生村の豪農の家に生まれました。
体が弱く家業を手伝いますが、後先顧みない父の政治活動で借金に悩む日々。
そんな中、正岡子規と出会い入門します。
写生主義の短歌を「アララギ」で発表しつつ、小説「土」も書き評価されました。
日本各地を旅して歌の題材を得てもいました。
そして喉頭結核を発症、九州帝国大学に耳鼻咽喉の名医久保猪之吉博士がいると聞き九州に来ます。
太宰府では観世音寺をたいそう気に入り何度も訪れました。
丈六仏にも心を奪われます。
観世音寺に立ち寄った動機は道真の「都府楼は纔かに瓦色を看
観音寺は只鐘聲を聴く」という「不出門」の漢詩でした。
そして飛鳥時代からある梵鐘も見るのです。
絵葉書に「太宰府は実に日本の霊地と存申候」と書いています。
肺結核にも冒され、死の間際にあの有名な
「手を当てて鐘はたふとき冷たさに爪叩き聴く其のかそけきを」を作りました。
作ったのは11月23日。
翌年の1915年(大正4年)1月、37歳の若さで九大で亡くなりました。
この本は藤沢が驚くべき執念で長塚節の文学と人生と旅の軌跡を克明に追っています。
吉川英治文学賞を授賞しました。
伊藤左千夫との確執、いっこうに減らない家の借金、
快復しない病状。
けれど短歌への情熱は衰えず、それが命を削ることになるのです。
恋も病のためにあきらめ、生涯独身でいました。
潔癖そうなその風貌。。。
現代の医療技術だと救えただろうその命。。。
結婚だってできたでしょう。

多くの人が訪れた太宰府。
日本各地を旅した長塚節も魅入られた観世音寺。
彼が触れた梵鐘は今もそこにひっそりとあります。

白き瓶―小説長塚節 (文春文庫) -
白き瓶―小説長塚節 (文春文庫) -
posted by 理乃(ニックネーム) at 23:07| 福岡 ☀| Comment(0) | ★太宰府関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トレファンの幻の豚まん

五条のパン屋さん「トレファン」は
季節限定の幻のクリームパンが知られていますが、
ほかの幻シリーズを発見。
「幻の豚まん」です。

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豚まんを春巻きの皮でまるごと包んで揚げてあります。
脂っこいかと思いきや、
意外にあっさりサクサクパリパリで
イケます。
posted by 理乃(ニックネーム) at 14:07| 福岡 ☁| Comment(0) | ★パン屋さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月13日

太宰府天満宮境内12の御神牛  その12 宝物殿

太宰府天満宮の境内には全部で12の御神牛があります。
11は見つけられるのですが、
12体目がなかなか見つけられないのは宝物殿の中にあるからです。
これは一番新しい御神牛。しかも白牛。

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人形師の中村信喬さんが平成14年に作ったものです。
御神忌一千年大祭を記念して、
楼門前に平成6年まであり千年樟と呼ばれた
老樟の原木を使い七ヶ月で仕上げたもの。
胡粉が塗られています。
背後にあるのはマリメッコのテキスタイル。
ミーナ・アッキジルッカの「春の祭典」という作品。
平成24年12月1日から平成25年3月10日まで、
宝物殿と境内で開催された
「ふぃんらんど・ラキスタイルアート〜季節が織りなす光と影」の出品作です。
posted by 理乃(ニックネーム) at 12:59| 福岡 ☁| Comment(0) | NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

太宰府天満宮境内12の御神牛  その11 延寿王院前

シリーズ太宰府天満宮境内12の御神牛のその11です。
最も人気のある延寿王院前の御神牛。

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頭をなでている写真を撮ろうと、
ときには人が列をなして並んでいます。

この御神牛は太宰府が誇る彫刻家、冨永朝堂氏が昭和60年(1985)年に奉納したもの。
背なかのラインは宝満山の山並みのイメージが重ねられています。
posted by 理乃(ニックネーム) at 12:36| 福岡 ☁| Comment(0) | ●太宰府天満宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月12日

太宰府発見塾

学問の都太宰府に誠にふさわしいのが市が主宰する太宰府発見塾。
今年も無事修了証書をいただきました。

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毎年テーマを決め、今年は日本遺産。
毎回、新進気鋭の研究者が精力を込めた講義をします。
今年の受講者は230人。その70%が修了しました。
25%は市外から。
毎回満席となる人気の講座が年間わずか2000円。
今年で10年で来年のテーマは「幕末・維新期の太宰府」です。
毎回、濃い話を聞かせていただいた講師のみなさまに感謝。
そして素晴らしい市の事業と塾長の森弘子先生に感謝します。
来年も楽しみです。
posted by 理乃(ニックネーム) at 00:33| 福岡 ☀| Comment(0) | ★日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

さいふまいり

今年の太宰府検定のテーマ出題は「さいふまいり」。
市役所には「さいふまいり」の案内板があります。

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さいふまいりとは宰府詣り(太宰府参詣)のこと。
平安時代に太宰府参詣をしてたのは官人や文人。
そこに庶民が加わったのは江戸時代以降のこと。
さいふまいりの人々は宰府宿の旅籠や宿坊に泊まって、
太宰府天満宮のほかにも水城跡、都府楼跡、
観世音寺、戒壇院などを巡っていたようです。

案内板にあるのは天保15(1844)年に斎藤秋圃(しゅうほ)の「博多太宰府図屏風」。

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関屋から太宰府天満宮まで道が描かれています。
草葺の屋根が続く門前町を人々は楽しく通っていたのでしょう。

明治以降になると名所の写真を用いた絵葉書が作られます。
都府楼跡の写真は今とはずいぶん違いますね。

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※案内板より
ラベル:さいふまいり
posted by 理乃(ニックネーム) at 14:12| 福岡 ☀| Comment(0) | ●太宰府市内そのほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする