2020年07月31日

横岳崇福寺跡巡り@旭地蔵尊

昨日、仲間たちと横岳崇福寺跡を巡りました。
現在の開発された住宅地一面に広がっていた中世の伽藍。
わずかな痕跡を手がかりに歩きます。
崇福寺と言えば黒田家の菩提寺として博多に鎮座していますが、
もともとは太宰府にあったものを移したものです。

市役所近く、JA筑紫太宰府中央支店の左手の道、
横岳通りを進んで行った突き当りから寺域が始まります。
横岳崇福寺とはどんな寺だったかというと、
創建(1240年)は湛慧(たんえ)。
翌年聖一国師(円爾弁円えんじべんねん)が開堂式を行い、
1272年に大応国師(南浦紹明)が開山しました。
その後大応国師滞在の33年の間に
伽藍が整備されたと考えられています。

さて、横岳崇福寺跡巡りは
横岳通りを進んでいった左手にある旭地蔵尊から始まります。

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旭地蔵尊は横岳崇福寺を創建した湛慧のお墓と伝えられています。
湛慧は鬼すべの鬼にされ、
人前でひどい目に遭い心を痛め朝日山東の麓に横穴を掘り、
その中で経を唱えました。
鐘の音が聞こえていましたが、
ある日、座ったまま大往生したということ。
土地の人々はこの湛慧をここに葬り石塔を建てて供養しました。

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お百度参りの石

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横岳口道標

さらに先を進みます。
posted by 理乃(ニックネーム) at 12:56| 福岡 ☁| Comment(0) | ●横岳崇福寺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月25日

綿レースのマスク

この季節、一枚はほしい綿レースのマスク。

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夏らしい涼しげな印象です。
裏地に淡いピンクのガーゼをあしらっています。
耳のヒモもソフトなので痛くないし、
自分の顔にあわせて調節可能。

お求めは小鳥居小路の「蛇の目うさぎ」まで😉
posted by 理乃(ニックネーム) at 11:41| 福岡 ☁| Comment(0) | ★蛇の目うさぎ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月23日

「ブランジェリー  カジハラ」のミルクサンド

カジハラさんでお気に入りのミルクサンドが買えました。

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いつも売り切れだけど、
ご前中に行けたので。
やわらかな生地にたっぷりの練乳クリーム。
この優しさがたまりません。

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三密にならないよう入店人数を制限して、
外で待つスペースが作られていました。
posted by 理乃(ニックネーム) at 12:59| 福岡 ☔| Comment(0) | ★パン屋さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月15日

「日本書紀の時代の筑紫」@福岡市博物館

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福岡市博物館で開催されている
「日本書紀の時代の筑紫」展を見てきました。
日本書紀はなんと1300年も前に完成した歴史書。

お目当ては「志賀海神社縁起絵(しかうみじんじゃえんぎえ)」。
三幅からなりますが、展示はそのうちの一幅のみ。
神功皇后の新羅征討にまつわる説話が描かれています。
阿曇磯良丸(あずみのいそらまる=志賀海神)も描かれていたり、
興味深いもの。
制作時期は蒙古襲来の余韻が覚めない鎌倉時代末から南北朝時代とのこと。
展示は7月19日(日)まで。
posted by 理乃(ニックネーム) at 17:29| 福岡 ☁| Comment(0) | ●太宰府市外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月14日

カニクサ

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コロナ禍で庭に目を配れる時間が少しできましたが、
今年やたら目につくのは
このカニクサ。
いろんな樹木に絡みついています。
実は蔓性のシダ。
このモミジに絡んでいるのは実は1枚の葉。
茎は地下にあります。
その葉の長いこと!
2メートルくらいあります。
どうして蟹草というかというと、子どもが蟹を釣るのに使ったことがあるからだそう。
雑草とみなすか、観葉植物とみなすか微妙です。

*ウィキペディア参照
posted by 理乃(ニックネーム) at 11:29| 福岡 ☁| Comment(0) | ★まほろばの花たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月09日

「大宰府と万葉の歌」オンライン朗読会 vol.5

森弘子先生の「大宰府と万葉の歌」オンライン朗読会(YouTube)、
今朝は5回目でした。
p76〜p83までで、内容は防衛都市大宰府の水城(664年築城)、
大野城(665年築城)でした。
今回、大阪の狭山池(日本最古の人工池)も
百済技術者の指導で敷粗朶(しきそだ)工法(基底部に植物の葉や枝を敷きつめ、
透水性をよくして基礎の滑りを押さえる)で築造されていると知りました。
狭山池には大阪府立狭山池博物館という立派な施設があります。

写真は5月に行ったJRが水城を分断しているところにある
水城土塁断面広場(JR水城駅そば)です。

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水城の発掘で現れたという築城当時の敷粗朶に使われた
葉が緑の色をとどめていたという奇跡のような写真が案内版で見られます。

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断面のレプリカ

次回vol.6は7月16日9:00からです。
ラベル:水城跡
posted by 理乃(ニックネーム) at 11:27| 福岡 ☁| Comment(0) | ★太宰府関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月04日

「 鎌田誠一と元寇教育」

昨日、福岡日中文化センターであった
「 鎌田誠一と元寇教育」という講義を聞いてきました。

鎌田誠一は1932年、上海事変の戦禍の中、
魯迅とその家族・書籍 を守った糸島出身の青年です。

鎌田誠一は福岡中学校へ通い、
美術教師と出会ったことから絵を描くようになりますが挫折。
兄が勤めていた上海の内山書店で魯迅と出会い、
絵画好きということもあって交流を持ちます。
元来体が弱く、帰国し28歳で亡くなります。
その墓碑に魯迅が揮毫しています。

鎌田誠一は糸島の御床(みとこ)の庄屋の家に生まれました。
御床の西林寺は観世音寺の子院だったと言われています。
現在の国指定重要文化財木造阿弥陀坐像の前に金属の敷物が置かれていますが、
これは観世音寺草創の折、本尊とするため
中国から渡された銅造阿弥陀如来像の台座と伝えられています。
その銅造阿弥陀如来像は岩屋城の合戦の際、
薩摩兵によって刀の鍔にされたといいます。

御床は遥か昔の観世音寺の隆盛を思い起こさせる地でしたが、
一人の青年が中国へ渡り、魯迅と交流した記憶を残す地でもありました。

*「 鎌田誠一と元寇教育」講師 柳田純孝氏(元福岡市教委文化財部長)
posted by 理乃(ニックネーム) at 13:14| 福岡 ☔| Comment(0) | ●観世音寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月02日

ツマグロヒョウモン(メス)

庭のフサフジウツギですが、
蝶が好きな花と聞いていましたが、証明されました。

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ツマグロヒョウモンが我を忘れて蜜を吸ってました。
posted by 理乃(ニックネーム) at 11:48| 福岡 ☀| Comment(0) | ★昆虫たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする