2009年06月16日

万葉歌碑 その1 観世音寺の沙弥満誓

昨晩、10時過ぎ。
太宰府の水田のそばを車で通り抜けました。
水が張られた水田。
これこそ日本の原風景。
心落ち着く風景です。
今の時分、夜、そばを通ると
聞こえるのは蛙の鳴き声…。
車の窓を全開にして、
夜風に吹かれながら道を飛ばすのは快適です。
追いかけるように蛙の鳴き声が…。
昔は夜の外出は怖かったけど、
今は車があるおかげで
夜の外出は快適。
それも、この時期の夜風が
たまらなく好きです。

さあ、今晩は新しいシリーズを開始します。
太宰府歩きをしていたら目に留まる万葉歌碑。
その第1回目です。

今回は観世音寺の沙弥満誓(しゃみまんせい) の
万葉歌碑をご紹介します。

syamimansei2.jpg

沙弥満誓は723年(養老7年)、「造観世音寺別当」に任ぜられて太宰府に赴任し、観世音寺の造営にあたりました。
出家前の名前は笠朝臣麻呂(かさのあそみまろ)。
太宰府に来る以前は美濃尾張の国守でした。

沙弥満誓が太宰府に赴任する前にうたった歌が歌碑に刻まれています。

「しらぬひ筑紫の綿は身につけて いまだは着ねど暖かに見ゆ」

筑紫の綿は、まだ身につけて着てはいないけれど、
暖かそうに見える。

綿は当時、筑紫、九州の特産物でした。

syamimansei3_3.jpg
(※クリックすると大きくなります)

posted by 理乃(ニックネーム) at 00:30| 福岡 ☀| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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