2016年08月10日

九博:東山魁夷展〜8月28日まで

九博に東山魁夷展を見に行ってきました。
一つの謎が解けたのは、
東京美術学校(現:東京芸術大学)日本画科を卒業した後、
留学したのがドイツのベルリン大学(現フンボルト大学)だったということ。
ああ、フリードリヒだったんだ!と思ったら、
フリードリヒを日本に初めて紹介した人こそ東山魁夷だったと知って納得。
ドイツロマン主義の画家に傾倒していたわたしはフリードリヒが好きでした。
あの茫洋とした暗さと屹立する孤独感、
それこそドイツロマン主義と東山魁夷に通ずるもの。

初期の作品がよかったです。
昭和3年(1928)の「山国の秋」。端正な農村風景。

圧巻は唐招提寺御影堂障壁画 。
戒律を伝えるため、六度目の渡航でやっと日本に到着した鑑真和尚。
唐招提寺御影堂はその鑑真和上坐像(国宝)を安置しています。
御影堂は唐招提寺境内の北側にあって土塀で囲まれています。
平成27年度から解体修理が始められ、現在途上。
鑑真和上坐像は2007年に福岡市立博物館で開催された
「鑑真和上展」で幸運にも拝観しています。

鑑真は太宰府にもとても馴染みのある方。
平城京へ行く前に大宰府に来て、戒壇院の地で初の授戒を行いました。

さて、東山魁夷はその唐招提寺の障壁画を依頼されました。
会場で目に飛び込んできて感銘を受けるのが障壁画。

10.jpg

なんと御影堂内部がほぼそのままに再現展示されているのです。
日本への渡航の苦労で盲目となった鑑真が
見ることが叶わなかった日本の海の光景です。
右から寄せていく波が左へ到達するさま。
東山魁夷の特徴の青緑の色調が美しい。圧倒的な美の世界。

20.jpg

床の間の絵の山に霧が漂う様は、
四王寺山にも漂う霧と同じ雰囲気。
東山魁夷が愛する山は桜の山でも緑萌える山でもなく、
神秘的な霧が漂う山。

東山魁夷の名は以前から知っていましたが、
どうしてその名前なのか、これまで考えたことがありませんでした。
「槐 (えんじゅ) 」という字が好きでしたが村山槐多 と同じ字になるので
「魁 (さきがけ)という字にし、下の字は下が開いていないとバランスが悪いので、
「夷」という字を持ってきたと知って、
視覚を大切にする画家らしい号の付け方だと思いました。

今後数年かかる修復工事のため御影堂障壁画の現地拝観は叶いません。
けれど九博に来れば御影堂障壁画が目の前に見られます。
暑い夏、心にもビタミンを。。。

※写真は九博の提供を受けています。
※九博HP、ウィキペディア参照
posted by 理乃(ニックネーム) at 21:38| 福岡 | Comment(0) | ●九州国立博物館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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