2017年03月14日

藤沢周平『白き瓶(かめ)』 小説 長塚節(たかし)

初めて藤沢周平の本を読みました。
『白き瓶』。
長塚節の伝記です。
長塚節は歌人、小説家。
1879年(明治12年)に茨城県国生村の豪農の家に生まれました。
体が弱く家業を手伝いますが、後先顧みない父の政治活動で借金に悩む日々。
そんな中、正岡子規と出会い入門します。
写生主義の短歌を「アララギ」で発表しつつ、小説「土」も書き評価されました。
日本各地を旅して歌の題材を得てもいました。
そして喉頭結核を発症、九州帝国大学に耳鼻咽喉の名医久保猪之吉博士がいると聞き九州に来ます。
太宰府では観世音寺をたいそう気に入り何度も訪れました。
丈六仏にも心を奪われます。
観世音寺に立ち寄った動機は道真の「都府楼は纔かに瓦色を看
観音寺は只鐘聲を聴く」という「不出門」の漢詩でした。
そして飛鳥時代からある梵鐘も見るのです。
絵葉書に「太宰府は実に日本の霊地と存申候」と書いています。
肺結核にも冒され、死の間際にあの有名な
「手を当てて鐘はたふとき冷たさに爪叩き聴く其のかそけきを」を作りました。
作ったのは11月23日。
翌年の1915年(大正4年)1月、37歳の若さで九大で亡くなりました。
この本は藤沢が驚くべき執念で長塚節の文学と人生と旅の軌跡を克明に追っています。
吉川英治文学賞を授賞しました。
伊藤左千夫との確執、いっこうに減らない家の借金、
快復しない病状。
けれど短歌への情熱は衰えず、それが命を削ることになるのです。
恋も病のためにあきらめ、生涯独身でいました。
潔癖そうなその風貌。。。
現代の医療技術だと救えただろうその命。。。
結婚だってできたでしょう。

多くの人が訪れた太宰府。
日本各地を旅した長塚節も魅入られた観世音寺。
彼が触れた梵鐘は今もそこにひっそりとあります。

白き瓶―小説長塚節 (文春文庫) -
白き瓶―小説長塚節 (文春文庫) -
posted by 理乃(ニックネーム) at 23:07| 福岡 ☀| Comment(0) | ★太宰府関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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