2020年04月30日

観世音寺子院跡(推定金光寺跡)

中世の観世音寺には戒壇院を初め、
四十九の子院(本寺に属する僧侶などが居住した寺)があったといいます。
そのうちの一つが金光寺。

20200430_155440 - コピー.jpg

金光寺は観世音寺の北、四王寺山の南麓の座禅谷にあります。
昭和 28年(1953)に九州大学、昭和53、55、56、62年には
九州歴史資料館によって発掘調査がなされ、
中世寺院跡と思われる礎石建物、火葬墓群のほか、
陶磁器、漆器、木製品など、数多くの遺物が出土しています。

20200430_155525 - コピー.jpg

建物配置や出土遺物の内容から、
武家居館の可能性も指摘されていて、遺跡名称は「推定金光寺跡」となっています。
また、金光寺の一ヶ寺だけでは広すぎるため、
座禅寺など、ほかの子院も含まれるという説もあります。
調査では礎石建物6棟を検出。
北西には苑池遺構も見つかっています。

20200430_160133 - コピー.jpg

これらの建物は13 世紀後半から16世紀前半にかけて、
幾度かの変遷を 繰り返して存続したようです。
礎石建物群の西側背後では火葬場や
土坑墓石塔が立ち並ぶ墓所も見つかったということです。

20200430_161721 - コピー.jpg
火葬場跡あたりにたつ東屋

20200430_161737 - コピー.jpg

20200430_161934 - コピー.jpg
五輪塔は模造

*九歴解説シート参照
posted by 理乃(ニックネーム) at 22:32| 福岡 | Comment(0) | ●観世音寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: