2020年06月03日

四王寺山越え

宇美町での用事の帰り、山越えを選択しました。
6月の雨上がりの山は美しさが際立ちます。

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百間石垣

深い緑が次から次に迎えてくれました。

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焼米ヶ原

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焼米ヶ原
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2020年05月25日

釈迦堂

【四王寺山釈迦堂】
文化ふれあい館の奥に尺上池という池があり、
その左手から四王寺山に通じる道があります。

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20分ほど山道を登ると、かつての釈迦堂跡に出ます。

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釈迦堂からさらに100メートル登ったところに大谷の滝があり、
お籠り所があったそうですが、
そこまでは行き着けませんでした。
そのお籠り所の拠点となっていたのが釈迦堂です。

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建てられたのは昭和45年とのこと。
今では表札も落ち、
その前にあった白衣観音像も壊れて横たわっていました。

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釈迦堂跡後方には千体仏諸願成就堂があり、
堂内の壁、天井にはびっしりと絵馬のような板に祈願を書いたものが貼り付けられていました。

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日田や北野町のものもあり、
遠くから祈願に来られていたことが偲ばれます。

*「かつてあった四王寺山のお滝場」参照
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2020年05月16日

大行事碑(大字国分字辻)

国分字辻の大行事碑。
文化元年(1804)に建立されています。

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四王寺山登山道の脇にあります。

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大行事は牛馬、農業の神様。

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毎年9月16日には国分天満宮の氏子の方々がお祀りをされています。
かつては牛馬を引き連れてお参りし、
御供えしたオゴク(御飯)を牛馬にいただかせる習わしがあったそう。
太宰府市内には9ヶ所大行事塔がありますが、
地元の恒例行事として継続されているのは、
この国分地区のみということです。

*冊子「国分・水城地区の文化遺産」・太宰府HP参照
ラベル:大行事 大行事碑
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2020年05月15日

クルマミチの引陣(ひきじ)地蔵尊

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四王寺山の大字国分にあるクルマミチ
(車道ではありません:万葉の小道から入ります)を
分け入ったところにある引陣地蔵尊。

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天正14年(1586)、四王寺山の岩屋城では
九州制覇を目指す薩摩の島津氏が
大友氏の家臣・高橋紹運が籠る岩屋城を落とした合戦があり、
多くの戦死者が出ました。
その戦いは苛烈な激戦でした。
ここはその戦死者を弔うために地元の人々が祀ったところ。

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引陣(ひきじ)という地名は、島津氏の軍勢が
ここを通って引き上げたことに由来します。
現在の地蔵堂は昭和14年に建立されたもので、
その後手が加えられているとのこと。

*「国分・水城地区の文化遺産」参照
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2020年05月14日

万葉の小道の「やんぶの墓」

大好きな万葉の小道。
その途中に「やんぶの墓」はあります。

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やんぶとは山伏のこと。
かつて山伏が石室の中で修行をしましたが、
満願成就できないうちに亡くなりました。
そこで住民が石室の上を塚にしたと言われています。

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2020年05月02日

真龍雲寺 水瓶一之瀧

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四王寺山にある真龍雲寺。

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ここにもお滝場があります。

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滝の名前は水瓶一之瀧(みずがめいちのたき)。

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水瓶山の下方にあたります。
渡唐のために大宰府に滞在していた最澄も
雨乞いの祈祷でこの滝にあたっていたという伝説があります。
お滝場が作られたのは明治初期のこと。
真龍雲寺の創建も明治時代。
元々あったお堂は昭和51年に火災で消失。
お寺にあった如意輪観音座菩薩のお顔が剥落したため、
新しい如意輪観音菩座薩と一緒に、
四王寺山三十三観音一番札所に祀られています。
お滝場の雰囲気を今に色濃く残す、貴重な場所です。

*「かつてあった四王寺山のお滝場」(四王寺山勉強会)参照
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2020年05月01日

大願寺 薬水の滝

四王寺林道の「ルートイングランティア太宰府」の先に大願寺というお寺があります。
ここにはかつてお滝場がありました。

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現住職のお母様が昭和30年ごろ、女性救済のために作られたそうです。
寺の入り口に信者さんたちが建てた「洗心道場」の石碑があります。
「いにしえの おもかげしのぶ ふじのみず ながれはまるき 薬水の瀧」

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薬水の滝というのは滝に流れる水を薬水として
病を治すという意味が込められていたとか。
お母様が亡くなられたのち、約50年のお滝場の歴史に幕が閉じられ、
お祀りされていた不動明王ななどの石造物は
下流に集められています。

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平成5年に、現住職が大願寺を開山。
お母様が亡くなられるまでの10年余りは
お寺と滝場が共存していたそうです。
滝は本堂の左手に見られます。
4月の末、白い藤が高貴な香りを放ちます。

*「かつてあった四王寺山のお滝場」(四王寺山勉強会)参照

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2020年04月03日

2020花追い人@岩屋城址&焼米ヶ原

今日の岩屋城址と焼米ヶ原。
桜は満開です。
桜の花が舞い散る林道は、
ただ静かで浄化されるようでした。

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岩屋城址

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宝満山と桜

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宝満山と桜

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焼米ヶ原

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焼米ヶ原
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2015年06月03日

四王寺川の流れ

窓を開けると毎日見える四王寺山。
ここは史跡の国宝といえる特別史跡に指定されている山です。
ここに大野城が築かれて今年で1350年。
そのとき築かれた石垣は全長約180mもある壮大なもので、
百間石垣と呼ばれています。
いまだに1350年前の石垣を目の前に見ることができて
ここに来るとただ圧倒されるばかり。。。
この写真は、百間石垣の前を流れる四王寺川の流れです。

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2015年03月06日

高橋紹運辞世の句碑

今日の太宰府コア情報は高橋紹運の辞世の句の碑です。
天正14年(1586年)、5万と言われる大軍を率いた島津軍とわずか763人の高橋紹運(じょううん)率いる大友軍は壮絶な戦(岩屋城の戦い)を四王寺山にあった岩屋城で繰り広げました。
紹運以下全員が討死して戦いは終了。
大軍に対して決して怯(ひる)まなかった紹運は豊臣秀吉から戦国の花と呼ばれました。
四王寺山の焼米ヶ原のあたりでは水ノ手上砦部隊が戦いました。
この碑は家臣村山刑部以下68名の慰霊碑。
裏に高橋紹運の辞世の句が記されています。
では碑のある場所を。。。
四王寺林道の岩屋城入口から車でさらに先に進みます。
すると道路右側に駐車場があります。
ここから土塁や焼米が原、太宰府口城門などへ行けます。
駐車場からすぐ右手の高くなったところに碑はあります。
碑の裏側には木があるし、標識もないので、見落としがち。
では刻まれた辞世の句です。
 「流れての 末の世遠く 埋(うず)もれぬ 名をや岩屋の 苔の下水(したみず)」

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2015年02月22日

焼米ヶ原のノグルミ

桜の時期を待つ焼米ヶ原。
ほとんど人のいない焼米ヶ原。
そこで今年もなってたかわいい実。
それはノグルミの実。

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青空に歌うように音符のように
リズムを送るノグルミの実。
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2011年06月26日

失われた道「四王寺山の太宰府町道」

今日は、本当は「四王寺山の太宰府町道」を歩くはずでした(市の主催のイベント)。
でも、雨の影響で中止になって残念。。。
またチャンスがあるかな?

「四王寺山の太宰府町道」はかつて、
四王寺山の上にある四王寺村の子どもたちが
太宰府小学校まで通っていた道。
今では姿を消しています。

この道は太宰府市民遺産題3号に認定されています。
この道をクローズアップし、整備を進め、
守っていく活動を行っているのが「四王寺山勉強会」の方々。
その「四王寺山勉強会」の方のお話を聞きました。

太宰府町道は高低差約280メートル、全長約4キロ。
子どもたちは朝は40〜50分で登校していたそうです。
大人もこの道を通って買い物に行っていました。
幅約3メートルの道を牛も通っていたとか。


「四王寺山の太宰府町道」については
「太宰府市文化ふれあい館」で開催中の
「太宰府市民遺産展(〜8月28日まで)」で
資料を見ることができます。



posted by 理乃(ニックネーム) at 21:50| 福岡 ☁| Comment(6) | ●四王寺山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

桜が綾なす四王寺山

太宰府は桜の名所がいっぱい。
日曜日、午後4時半くらいから、
四王寺山に車を走らせました。
四王寺山は桜の山。
林道沿いに桜が植えられていて、
今、まさに盛りの美しい姿を見せています。
桜吹雪の山道。
次々に車窓に現われる桜に見とれても、
車はまばらなので大丈夫。

では車から見られる桜をごらんください。

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道々、車がとまっているスポットが多少ありますが、
とめられないくらい車でいっぱいなのが
「焼米ケ原」。
7世紀に築かれた古代の土塁と
倉庫跡が見られる絶景スポットです。

「焼米ケ原」には古代の城の防衛に備えて
倉庫が10棟建っていたといいます。
外的の攻撃に備えて米を貯蔵していたのです。

当時のお米が炭化したものは今でも見ることができます。
倉庫跡で探せば出てくるのです。
気長に探してみませんか?
わたしも1粒だけ持ってます。

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古代人が築いた土塁の美しいライン。

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四王寺山へは太宰府天満宮近くの
「浦の城橋」をわたってまっすぐ山道を進みます。


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2008年07月09日

四王寺山めぐり その14 「磨崖梵字仏」

14回にわたり、少しずつお届けしてきた四王寺山めぐりも
これがラストです。

「磨崖石塔群」のすぐ近くの岩場には
「磨崖梵字仏」(1343年)が彫られていました。

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梵字はただの文字ではなく、
それ自体に力があるとされていました。

中世の人々はこの山を訪れ、
この岩場で何を祈念していたのでしょう。
梵字の意味は分からないけれど、
古代、防衛の山だった大野城跡は
中世には祈念の山でもあったという印を見ることができました。

今回、充実した四王寺山めぐりに参加させていただいて
とてもよい体験ができたと思います。


(四王寺山めぐり 了)




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かわいいアンティーク調のブリキのプランターです。

ラベル:四王寺山
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2008年07月08日

四王寺山めぐり その13 「磨崖石塔群」

四王寺山めぐりも、いよいよクライマックスです。

高橋紹運胴塚を訪れたあと、
「磨崖石塔群」へ向かいました。
位置的には高橋紹運胴塚から東へ下ったところ。
分からないですよね。
わたしも一人では行けません…。

「磨崖石塔」とは山中の岩に直接、石塔を刻んだもの。
中世以降、修験道の流布に伴って彫られてきました。

ロープが張ってあります。

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えーっ! 唖然…。がく〜(落胆した顔)
これはロープを持ってないと危険ということですね。
っていうか、ロープなしでは恐くて1歩も歩けません…。
ただの斜面です…、足がすくみます…。
わたしの中ではありえない…という道なのですが、
みんなは普通に歩いて行きます。
これはついていかなくてはなりません…。
道がしっかりしていないということは、
あまり人も訪れていないということ…。

必死についていっているうちに、
あった!

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(ごめんなさい。写真がブレてます…)

斜面に石塔が3基彫られています。
真ん中と右側の塔には貞和2年(1346)銘が確認できます。
感動です。

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写真では分かりづらいのですが、
この岩盤は実際は覆いかぶさるように
かなり斜めになっていて、
彫るときにはいったいどういう体勢をとったのだろうと思います。
足場を作って、こつこつと彫っていったのでしょうね。
南北朝時代を生きたこの人物は
何を思ってこの困難な作業を続けていたのでしょう…。




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かわいいアンティークなスツールです。


ラベル:四王寺山
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2008年07月07日

四王寺山めぐり その12 「高橋紹運胴塚」

四王寺山めぐりの続きです。

岩屋城跡から車道を挟んで反対側の位置にあるのが
高橋紹運(じょううん)のお墓(胴塚)です。

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見えてきました。

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岩屋城跡は本丸跡ですが、
こちらは岩屋城の二の丸跡。

島津方は自刃した紹運の首を自陣に持ち帰り、
確認してそこに埋めたそうです。
ですから首塚の方は今の筑紫野市の般若寺跡近くにあります。

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こちらが首塚。

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かわいいビンのフタが開かないときはこれ。
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2008年07月04日

四王寺山めぐり その11 「岩屋城本丸跡」

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四王寺山を見上げると、右手にぽっこりしたところがあります。
行ってみたいと長年思いつつ、
このたびやっとその思いを遂げました。

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ここは戦国時代の山城、岩屋城跡なのです。
太宰府の方なら一度は目にしたことがあるに違いない
「嗚呼壮烈岩屋城址」という文字が書かれた碑があります。

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碑の裏はこうなってます。

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石工の名前も彫られています。

ここは戦国時代の戦いの跡。
高橋紹運(じょううん)が島津勢を相手に壮絶な戦いを繰り広げました。

戦国時代末期、九州では豊後の大友、薩摩の島津、肥前の龍造寺がしのぎを削っていました。
高橋紹運理は元亀元年(1570)大友宗麟の命を受け太宰府の宝満城と岩屋城の城督に着任します。
豊臣秀吉は島津に戦闘の停止を命じますが島津はこれを拒否。
岩屋城の攻略を企て、高橋紹運は岩屋城で迎え撃ちます。
天正14年(1586)、島津は攻撃を開始。そのときの島津軍は4万とも5万とも伝えられています。
一方岩屋城の高橋側はわずか760余人で防戦したのです。
14日間にわたり岩屋城を死守した紹運も薩摩の大軍の前に力尽き、
激戦の末、全員が城を枕に討ち死にしたそうです。
このとき紹運、弱冠37歳。
島津方の死者を合わせると、
ここでどれだけの人たちが命を落としたのでしょう。
そんな歴史を持つ山でもあるのです。

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岩屋城址から眺める都府楼跡は土塁上から眺めるよりも近く、
最高です!
今の平和をかみしめつつ眺めたくなる場所です。

(※参考 西都 太宰府)

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かわいいこんなダストボックスだと、置いておくのもいいなあ。
ラベル:岩屋城 四王寺山
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2008年07月03日

四王寺山めぐり その10 「大宰府口城門跡」

6月1日のブログで一度、ご紹介した
大宰府口城門跡。
2度目に「四王寺山めぐり」で訪れたときの写真をアップします。

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入口が狭まっていて、
城門があったのだということがよく分かります。

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かわいい存在感のあるマイチェアーはいかが?
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2008年06月28日

四王寺山めぐり その9 「玄清法印の墓」

四王寺山の焼米ケ原のこんもりと木が茂っている一角に
よく見るとお墓があります。

玄清法印のお墓です。

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玄清法印は、766年に太宰府に生まれています。
17歳のときに視力を失うのですが、
盲僧となり琵琶を弾いて人々を救いました。
最澄が比叡山延暦寺を建立するとき、
毒蛇に悩まされます。
そのとき法印の噂を聞き、毒蛇退治を依頼しました。
法印が比叡山まで出向き、
琵琶を弾いて経を唱えると毒蛇は退散したそうです。
この功績により法印は「成就院」という称号を受け、
最高の僧位「法印」の法号も授けられました。
そして延暦8年(789年)に四王寺北谷に成就院を建立したと伝えられています。

太宰府で天然痘が流行した際、
玄清法印は四王寺山に登って地神陀羅尼経を唱えながら、
琵琶を弾き続けて天然痘の流行を鎮めたといいます。

玄清法印は弘仁14年(822年)に57歳で亡くなります。
でもお墓は長い間、どこにあるか分からなかったそうです。
そこで一千年忌(1834)に建てられたのがこの四王寺山上のお墓です。
ところが明治34年(1901)に四王寺山山麓の坂本で玄清法印の塔婆が見つかりました。
そこで千百五十年忌を記念して、坂本にもお墓を築いたのです。
というわけで玄清法印のお墓は四王寺山の上と麓に2つあるのです。

(※参考『西都 太宰府』)

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これが坂本のお墓です。
坂本八幡宮から四王寺山へ向かって歩いていった左手にあります。

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坂本の玄清法印のお墓の遠景。


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かわいいこんなつまようじ立てがあったら、癒やされそう…

ラベル:四王寺山
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2008年06月27日

四王寺山めぐり その8 「第6番札所」

四王寺山の焼米ケ原には
四王寺33ヶ所石仏のいくつかが
点在しています。

これは第6番札所です。

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四王寺33ヶ所石仏のほとんどは観音さまなのですが
第6番は三宝荒神、いわゆる荒神さまです。

ps.
本日はお仕事の前にKBCシネマで
「幻影師アイゼンハイム」を見てきました。
見ようかどうか迷っている方がいらっしゃったら、おすすめです。
ラストのあのめくるめく感動…!
詳しくご紹介する時間があればよいのですが、本日はこれにて…。

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