2015年06月03日

四王寺川の流れ

窓を開けると毎日見える四王寺山。
ここは史跡の国宝といえる特別史跡に指定されている山です。
ここに大野城が築かれて今年で1350年。
そのとき築かれた石垣は全長約180mもある壮大なもので、
百間石垣と呼ばれています。
いまだに1350年前の石垣を目の前に見ることができて
ここに来るとただ圧倒されるばかり。。。
この写真は、百間石垣の前を流れる四王寺川の流れです。

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2015年03月06日

高橋紹運辞世の句碑

今日の太宰府コア情報は高橋紹運の辞世の句の碑です。
天正14年(1586年)、5万と言われる大軍を率いた島津軍とわずか763人の高橋紹運(じょううん)率いる大友軍は壮絶な戦(岩屋城の戦い)を四王寺山にあった岩屋城で繰り広げました。
紹運以下全員が討死して戦いは終了。
大軍に対して決して怯(ひる)まなかった紹運は豊臣秀吉から戦国の花と呼ばれました。
四王寺山の焼米ヶ原のあたりでは水ノ手上砦部隊が戦いました。
この碑は家臣村山刑部以下68名の慰霊碑。
裏に高橋紹運の辞世の句が記されています。
では碑のある場所を。。。
四王寺林道の岩屋城入口から車でさらに先に進みます。
すると道路右側に駐車場があります。
ここから土塁や焼米が原、太宰府口城門などへ行けます。
駐車場からすぐ右手の高くなったところに碑はあります。
碑の裏側には木があるし、標識もないので、見落としがち。
では刻まれた辞世の句です。
 「流れての 末の世遠く 埋(うず)もれぬ 名をや岩屋の 苔の下水(したみず)」

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2015年02月22日

焼米ヶ原のノグルミ

桜の時期を待つ焼米ヶ原。
ほとんど人のいない焼米ヶ原。
そこで今年もなってたかわいい実。
それはノグルミの実。

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青空に歌うように音符のように
リズムを送るノグルミの実。
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2011年06月26日

失われた道「四王寺山の太宰府町道」

今日は、本当は「四王寺山の太宰府町道」を歩くはずでした(市の主催のイベント)。
でも、雨の影響で中止になって残念。。。
またチャンスがあるかな?

「四王寺山の太宰府町道」はかつて、
四王寺山の上にある四王寺村の子どもたちが
太宰府小学校まで通っていた道。
今では姿を消しています。

この道は太宰府市民遺産題3号に認定されています。
この道をクローズアップし、整備を進め、
守っていく活動を行っているのが「四王寺山勉強会」の方々。
その「四王寺山勉強会」の方のお話を聞きました。

太宰府町道は高低差約280メートル、全長約4キロ。
子どもたちは朝は40〜50分で登校していたそうです。
大人もこの道を通って買い物に行っていました。
幅約3メートルの道を牛も通っていたとか。


「四王寺山の太宰府町道」については
「太宰府市文化ふれあい館」で開催中の
「太宰府市民遺産展(〜8月28日まで)」で
資料を見ることができます。



posted by 理乃(ニックネーム) at 21:50| 福岡 ☁| Comment(6) | ●四王寺山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

桜が綾なす四王寺山

太宰府は桜の名所がいっぱい。
日曜日、午後4時半くらいから、
四王寺山に車を走らせました。
四王寺山は桜の山。
林道沿いに桜が植えられていて、
今、まさに盛りの美しい姿を見せています。
桜吹雪の山道。
次々に車窓に現われる桜に見とれても、
車はまばらなので大丈夫。

では車から見られる桜をごらんください。

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道々、車がとまっているスポットが多少ありますが、
とめられないくらい車でいっぱいなのが
「焼米ケ原」。
7世紀に築かれた古代の土塁と
倉庫跡が見られる絶景スポットです。

「焼米ケ原」には古代の城の防衛に備えて
倉庫が10棟建っていたといいます。
外的の攻撃に備えて米を貯蔵していたのです。

当時のお米が炭化したものは今でも見ることができます。
倉庫跡で探せば出てくるのです。
気長に探してみませんか?
わたしも1粒だけ持ってます。

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古代人が築いた土塁の美しいライン。

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四王寺山へは太宰府天満宮近くの
「浦の城橋」をわたってまっすぐ山道を進みます。


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2008年07月09日

四王寺山めぐり その14 「磨崖梵字仏」

14回にわたり、少しずつお届けしてきた四王寺山めぐりも
これがラストです。

「磨崖石塔群」のすぐ近くの岩場には
「磨崖梵字仏」(1343年)が彫られていました。

nagaibonji.jpg

梵字はただの文字ではなく、
それ自体に力があるとされていました。

中世の人々はこの山を訪れ、
この岩場で何を祈念していたのでしょう。
梵字の意味は分からないけれど、
古代、防衛の山だった大野城跡は
中世には祈念の山でもあったという印を見ることができました。

今回、充実した四王寺山めぐりに参加させていただいて
とてもよい体験ができたと思います。


(四王寺山めぐり 了)




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2008年07月08日

四王寺山めぐり その13 「磨崖石塔群」

四王寺山めぐりも、いよいよクライマックスです。

高橋紹運胴塚を訪れたあと、
「磨崖石塔群」へ向かいました。
位置的には高橋紹運胴塚から東へ下ったところ。
分からないですよね。
わたしも一人では行けません…。

「磨崖石塔」とは山中の岩に直接、石塔を刻んだもの。
中世以降、修験道の流布に伴って彫られてきました。

ロープが張ってあります。

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えーっ! 唖然…。がく〜(落胆した顔)
これはロープを持ってないと危険ということですね。
っていうか、ロープなしでは恐くて1歩も歩けません…。
ただの斜面です…、足がすくみます…。
わたしの中ではありえない…という道なのですが、
みんなは普通に歩いて行きます。
これはついていかなくてはなりません…。
道がしっかりしていないということは、
あまり人も訪れていないということ…。

必死についていっているうちに、
あった!

magai2.jpg
(ごめんなさい。写真がブレてます…)

斜面に石塔が3基彫られています。
真ん中と右側の塔には貞和2年(1346)銘が確認できます。
感動です。

magai4.jpg


magai3.jpg

写真では分かりづらいのですが、
この岩盤は実際は覆いかぶさるように
かなり斜めになっていて、
彫るときにはいったいどういう体勢をとったのだろうと思います。
足場を作って、こつこつと彫っていったのでしょうね。
南北朝時代を生きたこの人物は
何を思ってこの困難な作業を続けていたのでしょう…。




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2008年07月07日

四王寺山めぐり その12 「高橋紹運胴塚」

四王寺山めぐりの続きです。

岩屋城跡から車道を挟んで反対側の位置にあるのが
高橋紹運(じょううん)のお墓(胴塚)です。

dozuka1.jpg

見えてきました。

dozuka2.jpg

岩屋城跡は本丸跡ですが、
こちらは岩屋城の二の丸跡。

島津方は自刃した紹運の首を自陣に持ち帰り、
確認してそこに埋めたそうです。
ですから首塚の方は今の筑紫野市の般若寺跡近くにあります。

kubiduka1.jpg
こちらが首塚。

kubiduka2.jpg

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2008年07月04日

四王寺山めぐり その11 「岩屋城本丸跡」

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四王寺山を見上げると、右手にぽっこりしたところがあります。
行ってみたいと長年思いつつ、
このたびやっとその思いを遂げました。

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ここは戦国時代の山城、岩屋城跡なのです。
太宰府の方なら一度は目にしたことがあるに違いない
「嗚呼壮烈岩屋城址」という文字が書かれた碑があります。

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碑の裏はこうなってます。

honmaru6.jpg

石工の名前も彫られています。

ここは戦国時代の戦いの跡。
高橋紹運(じょううん)が島津勢を相手に壮絶な戦いを繰り広げました。

戦国時代末期、九州では豊後の大友、薩摩の島津、肥前の龍造寺がしのぎを削っていました。
高橋紹運理は元亀元年(1570)大友宗麟の命を受け太宰府の宝満城と岩屋城の城督に着任します。
豊臣秀吉は島津に戦闘の停止を命じますが島津はこれを拒否。
岩屋城の攻略を企て、高橋紹運は岩屋城で迎え撃ちます。
天正14年(1586)、島津は攻撃を開始。そのときの島津軍は4万とも5万とも伝えられています。
一方岩屋城の高橋側はわずか760余人で防戦したのです。
14日間にわたり岩屋城を死守した紹運も薩摩の大軍の前に力尽き、
激戦の末、全員が城を枕に討ち死にしたそうです。
このとき紹運、弱冠37歳。
島津方の死者を合わせると、
ここでどれだけの人たちが命を落としたのでしょう。
そんな歴史を持つ山でもあるのです。

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岩屋城址から眺める都府楼跡は土塁上から眺めるよりも近く、
最高です!
今の平和をかみしめつつ眺めたくなる場所です。

(※参考 西都 太宰府)

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かわいいこんなダストボックスだと、置いておくのもいいなあ。
ラベル:岩屋城 四王寺山
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2008年07月03日

四王寺山めぐり その10 「大宰府口城門跡」

6月1日のブログで一度、ご紹介した
大宰府口城門跡。
2度目に「四王寺山めぐり」で訪れたときの写真をアップします。

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dazaifuguchi15.jpg

入口が狭まっていて、
城門があったのだということがよく分かります。

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2008年06月28日

四王寺山めぐり その9 「玄清法印の墓」

四王寺山の焼米ケ原のこんもりと木が茂っている一角に
よく見るとお墓があります。

玄清法印のお墓です。

genseihoin.jpg

玄清法印は、766年に太宰府に生まれています。
17歳のときに視力を失うのですが、
盲僧となり琵琶を弾いて人々を救いました。
最澄が比叡山延暦寺を建立するとき、
毒蛇に悩まされます。
そのとき法印の噂を聞き、毒蛇退治を依頼しました。
法印が比叡山まで出向き、
琵琶を弾いて経を唱えると毒蛇は退散したそうです。
この功績により法印は「成就院」という称号を受け、
最高の僧位「法印」の法号も授けられました。
そして延暦8年(789年)に四王寺北谷に成就院を建立したと伝えられています。

太宰府で天然痘が流行した際、
玄清法印は四王寺山に登って地神陀羅尼経を唱えながら、
琵琶を弾き続けて天然痘の流行を鎮めたといいます。

玄清法印は弘仁14年(822年)に57歳で亡くなります。
でもお墓は長い間、どこにあるか分からなかったそうです。
そこで一千年忌(1834)に建てられたのがこの四王寺山上のお墓です。
ところが明治34年(1901)に四王寺山山麓の坂本で玄清法印の塔婆が見つかりました。
そこで千百五十年忌を記念して、坂本にもお墓を築いたのです。
というわけで玄清法印のお墓は四王寺山の上と麓に2つあるのです。

(※参考『西都 太宰府』)

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これが坂本のお墓です。
坂本八幡宮から四王寺山へ向かって歩いていった左手にあります。

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坂本の玄清法印のお墓の遠景。


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かわいいこんなつまようじ立てがあったら、癒やされそう…

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2008年06月27日

四王寺山めぐり その8 「第6番札所」

四王寺山の焼米ケ原には
四王寺33ヶ所石仏のいくつかが
点在しています。

これは第6番札所です。

6ban.jpg

四王寺33ヶ所石仏のほとんどは観音さまなのですが
第6番は三宝荒神、いわゆる荒神さまです。

ps.
本日はお仕事の前にKBCシネマで
「幻影師アイゼンハイム」を見てきました。
見ようかどうか迷っている方がいらっしゃったら、おすすめです。
ラストのあのめくるめく感動…!
詳しくご紹介する時間があればよいのですが、本日はこれにて…。

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2008年06月25日

四王寺山めぐり その7 「焼米ケ原」

5月31日にもご紹介した「焼米ケ原」。

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土塁の縁から下に広がる太宰府の街を眺めます。
なんて、すてきな眺め!

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外的の攻撃に備えてお米を貯蔵していた大野城。
この場所には倉庫が10棟建っていました。
そのお米が炭化米として出るため
ここは「焼米ケ原」と呼ばれています。

「探せば、炭化したお米を見つけることができるみたいです」、
と前回書きましたが、出るんですねえ、ほんとに!

Kさんが、その場で探して見せてくれました!

これが炭化したお米です!

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ほんとにお米だ!
1300年前の?!目
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2008年06月24日

四王寺山めぐり その6 鏡ヶ池

四王寺山の増長天礎石群のすぐそばに、
鏡ヶ池という擂り鉢状の小さな池があります。

kagamigaike.jpg

どんなときも干上がることはなかったということで、
現在もこのとおり、
水を湛えています。

池の中の鏡を取り出すと雨が降ると言われているそうですが、
今でも鏡が埋まっているのでしょうか??
「武具づけの池」とも呼ばれ、
かつて熱くなった武具をこの池で冷やしたということです。

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2008年06月23日

四王寺山めぐり その5 増長天礎石群

四王寺山の土塁線上を歩いていくと、
ホオの木がありました。

honoki.jpg

ホオの木は下駄の歯に使われます。
花が開くと、大きなものは30cmくらいにもなり、
よい香りがします。
ホオの木には殺菌作用があるそうです。

zochoten1.jpg

さらに歩くと、土塁の内側に増長天礎石群が姿を現しました。

zochoten3.jpg

4棟の高床建物跡(倉庫)が一列に並んで残っています。
傾斜地を利用しているため、石垣を作り、
上段と下段に2棟ずつ建てています。

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2008年06月19日

四王寺山めぐり その4 第29番札所

四王寺山の土塁線上には
四王寺33ヶ所石仏が点在しています。
1800年に西国観音霊場の霊土が埋められ、
33体の石仏が祀られました。

坂本口門礎から登ってきて右折したあたりにあるのが
第29番札所です。

29ban.jpg

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2008年06月18日

四王寺山めぐり その3 大石垣

四王寺山の土塁の上から大石垣が見えるところがあります。
大石垣とは百間石垣に次いで、
大野城跡で2番目に大きな、全長64メートル、高さ約8mの石垣です。

実は大石垣は2003年7月19日の集中豪雨で甚大な被害を受けてしまいました。
このとき四王寺山中の崩壊か所は500か所を越えたということです。
大石垣は半分近い約30メートルが土砂に覆われたり、
石垣が崩れ落ちたりして、
惨憺たる有様になってしまったのです。
でも! その後の復旧工事で、
大石垣はちゃんとちゃんと、修復されています!

四王寺山に登るルートとして、
坂本から大石垣を通るルートがあるのですが、
このルートはまだ復旧工事が完成していないため、
通行止めになっています。

oishigaki3.jpg

これは土塁から大石垣へ行く道。
通行止めです。
道の左に治水のために水の通り道がつけられています。

土塁から覗いて見ると、
大石垣が東へ伸びている姿が遠くに見えました。
道が開通したら、ぜひ間近に見てみたいものです。

oishigaki.jpg

この写真では分かりづらいのですが、
中央の3本の木の右手に平行して伸びているのが大石垣です。

oishigaki2.jpg

土塁からは都府楼跡が俯瞰できます。

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2008年06月17日

四王寺山めぐり その2 こしあぶら

坂本口門礎から10分ほどで、
四王寺山の土塁線上に到着しました。

土塁沿いに歩いていきます。
平坦な道が続いて、
とても気持ちいいウォーキングができます。

dorui1.jpg

ここで足をとめた先導者のKさんは、
ある山菜を教えてくれました。
「こしあぶら」です。
5枚くっついた葉が特徴。

dorui2.jpg

こしあぶらは、「山菜の女王」。
タラの芽よりも美味しいとKさん。
天ぷらにするとよいとのこと。
調べてみると、上品な香りが楽しめるらしいのです。

新芽のころが食べごろで、
この写真のこしあぶらは時期が遅すぎでした。

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2008年06月16日

四王寺山めぐり その1 坂本口門礎

6月半ば、とある四王寺山めぐりの講座に参加しました。
そこで見聞きした情報を少しずつアップします。

今回は坂本の尺上池沿いの万葉の道から
四王寺山に登っていきました。

今回の山登りの先導者は以前、
宝満山に連れて行ってくださったKさん。
史跡を解説してくださる専門家もいっしょです。
とてもゆったりしたペースで歩いてくださるので、
軟弱なわたしのような者でも比較的楽に登山ができます。
前に初めての登山でいきなり宝満山に登れたのも
Kさんの思いやりのある歩き方の賜物だったのだと気づきました。
「歩幅を小さく取ること。そして底の厚い登山靴をはくこと。
そうすると疲れが全然違います」とKさん。
そのように大また歩きをしないよう、
注意しながら登りました。

sakamotoguchi2.jpg

以前、四王寺山に登ったときの国分から水城口城門に到る
あの急峻な1本道よりも、ずっと楽な道です。

昔からあるこのような山の道は
炭焼のために使ったりして、
とても使用頻度が高かったのだとKさん。
重たい炭を担いで山から下りてこないといけないので、
ゆるやかな歩きやすい道が作られ、
そんな道が自然の作用で使えなくなると、
そばにまた新たな道を作っていったそうです。

ところが現在の山歩きのブームは趣味で手っ取り早く登山をするために、
直線的な登山道を新たに作っている。
そこに雨水が流れ土石流の通り道となって
山を壊す原因をつくっているのだと警鐘を鳴らすKさん。

sakamotoguchi1.jpg

さて、鉄塔が出てきました。
ここで一旦小休憩。
小まめの休憩がうれしい限り。
ここまでで上の土塁に到る道の3分の1くらい。
水分を補給したら、また進みます。

すると坂本口城門の門礎がありました。
わたしとしては、
これで水城口門礎、大宰府口門礎に続き、
3つの門礎を見たことになります。

sakamotoguchi3.jpg

この門礎は1つしかないし、
長い年月の間に移動している可能性があると
解説者はおっしゃってました。
それならばもう1つの門礎はいづこへ?
水害に遭って流されて、
未だ土に埋もれているのかしら??


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