2010年04月28日

父子嶋(ててこじま)

664年に防衛のために完成した水城。
大野城市には水城に関連のある史跡があります。
それが父子嶋。

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水城の西門近くの小高くになったところです。

水城の土塁を作ったのはどういう人々だったのでしょう?
それは御笠、長岡、次田、大野郷の村々はもちろん、
近国から集められた農民たちでした。
朝鮮半島から亡命してしてきた人々も混じっていました。

農民の中に、大里(おおり)の里に住む父子がいました。
モッコに土を入れては土塁の上まで運ぶ作業をひたすら繰り返していました。
その日も土塁の近くまで土を運んでいると、
土塁の上から喚声が起こりました。
土塁が完成したのです。
父子は力がぬけて、その場にへなへなと座り込んでしまいました。
かついでいた土はその場に投げ出してしまい、
その土は土饅頭のように盛り上がりました。
それが父子嶋と言われています。

※参考 大野城市ホームページ


posted by 理乃(ニックネーム) at 22:40| 福岡 ☔| Comment(0) | ●父子嶋(大野城市) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする