2017年02月19日

大宰府史跡解説員養成講座修了

昨年5月から大宰府史跡解説員養成講座を受講しておりました。
一昨年から二年続け太宰府検定中級合格者を対象に門戸が開かれた講座です(今年の募集はなし)。
全11回のうち9回出席でき、本日晴れて修了し、
同期10人と共に大宰府史跡解説員の資格を得ました。
最後の二回は模擬解説でした。
事情により4月から史跡解説員に登録はできませんが、
これからも大好きな太宰府の勉強を続け、
いつの日か史跡解説員デビューを果たしたいと思います。
posted by 理乃(ニックネーム) at 14:30| 福岡 | Comment(0) | NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑 E山上憶良「愛しきよ」

「愛(は)しきよし かくのみからに 慕ひ来し 妹が心の すべもすべなさ」
万葉集巻五・七九六 山上憶良

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑 E山上憶良「愛しきよ」 - コピー.JPG

旅人の妻の死を悼んで憶良が贈った長歌に添えられた反歌の一つ。
大宰府に赴任する旅人に伴ってきた正妻の大伴郎女(おおとものいらつめ)。
でも旅の疲れからか、すぐに大宰府で亡くなります。
その妻の心を思っての歌です。

(愛しい妻よ。まるで死ぬためについてきたもののようなのに、
わたしを慕って一緒に来たその心を思うと、やりきれないよ)
posted by 理乃(ニックネーム) at 13:56| 福岡 ☀| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月16日

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑 D山上憶良「家に行きて」

「家に行きて 如何にか吾(あ)がせむ 枕づく 妻屋(つまや)さぶしく 思ほゆべしも」
万葉集巻五・七九五 山上憶良

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(家に帰って、私はどうすればいいのだろう。
枕を共にした妻の家は寂しく思われるだろう。)

この歌も旅人の妻の死に対して山上憶良が贈った長歌に付けられた反歌の一つ。

妻が亡くなったあと、家に帰って、何をすればいいんだろう。
妻と一緒に寝た家は、今となっては寂しく思うばかりだという心情。
それも遠い赴任先での出来事だからなおさら。
posted by 理乃(ニックネーム) at 22:41| 福岡 ☀| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑C山上憶良「悔やしかも〜」

「久夜斯可母可久斯良摩世婆阿乎尓与斯久奴知許等其等美世摩斯母乃乎」

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑4憶良悔しかも - コピー.JPG

悔(くや)しかも かく知らませば あをによし 国内(くぬち)ことごと 見せましものを 

万葉集巻五・七九七 山上憶良

これも憶良が旅人の気持ちになって詠んだ歌。

(なんて悔しいんだ。君がこんなことになると分かっていたら、大和の国をすべて見せてやりたかったのに)

万葉仮名で書かれています。
一字一字、字が異なるのは太宰府万葉会の方が一人一文字ずつ揮毫しているからのようです。
posted by 理乃(ニックネーム) at 01:10| 福岡 | Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑B 山上憶良「妹が見し〜」

悠久の丘には全部で7つの歌碑があります。
一つが妻を亡くした旅人の歌で、その他は旅人の気持ちを代弁するかたちで
憶良が歌ったものです。

神亀5年(728年)。
憶良が筑前国守として赴任して一年余り後、大宰府の師(長官)としてやってきた旅人。
二年後の天平二年(730)、大納言となって都へと帰ります。
二人はその間、歌を通して心の交流をしたのです。

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑3憶良妹が見し - コピー.JPG

「妹が見し 楝の花は 散りぬべし 吾が泣く涙 いまだ干なくに」
万葉集巻五・七九八 山上憶良
妻が見た楝の花は散ってしまう。私の涙はまだ乾かないのに。
posted by 理乃(ニックネーム) at 14:08| 福岡 ☁| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月13日

合格する梅(ばい)

カルビーが福岡農業高校とコラボしたポテトチップスを
マックスバリューで見かけました。

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太宰府市の梅 を使った梅パウダーと
肉味噌で味付けしたポテトチップスです。

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1月下旬で製造・出荷を終了しているということなので、
もう店頭にある分だけなのでしょう。
posted by 理乃(ニックネーム) at 23:40| 福岡 ☀| Comment(0) | NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑A 山上憶良「大野山〜」

太宰府市民遺産第12号の「太宰府悠久の丘―メモリアルパークからの眺望―」。
ここに建てられている万葉歌碑を紹介しています。

「大野山 霧立ち渡る 我が嘆く 息嘯の風に 霧立ちわたる」
万葉集巻五・七九九 山上憶良

メモリアルパーク太宰府悠久の丘の万葉歌碑2憶良大野山霧立ちわたる - コピー.JPG

大野山に霧が立ち渡っている。
私の嘆きの吐息の風で
霧が立ち渡っている。

同じ句が国分の天満神社にもあります。
雨が降ると霧が立ち込める四王寺山。
その景観は万葉の時代から変わることはないのでしょう。
posted by 理乃(ニックネーム) at 00:55| 福岡 ☀| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月03日

太宰府に炭鉱があった?!

T氏に「太宰府に炭鉱があったか、聞いたことがありますか?」
と尋ねられました。
そこでI先生に聞いてみたところ、調べてくださいました。
貸していただいたのは「昭和25年宇美町制要覧」。

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宇美町に7つの鉱業所がありました。
その中に日の丸礦業所とあります。

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従業者48人。代表者安倍摎Y。
差し込まれた地図に日の丸礦業所が記載されています。

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宇美町の南のくびれのところ、
今の地図でいえばニシムラフーズのあたりです。
ここに鉱山の入り口がありました。
太宰府との境界線近くです。
掘り進めばどうなるでしょう?
太宰府側まで来ていたかもしれません。
それがI先生のお考えでした。
昭和25年にはあった日の丸炭鉱。
詳細が分かれば、太宰府にも炭鉱があったと言えるのかもしれません。
posted by 理乃(ニックネーム) at 17:07| 福岡 ☀| Comment(0) | ●太宰府市内そのほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

「九州太宰府殺人事件」 木谷恭介著

K氏が今読んでいると教えてくれた「九州太宰府殺人事件」。
テレビドラマ化されるなどミステリー作家として売れっ子だった木谷(こたに)恭介。
旅情ものをいくつも書いている中で今回、太宰府だったのに興味を覚え読んでみた。
警察庁長官直属で、管轄区域や警察組織の壁を越えた捜査権限を持つ警察庁特別広域捜査官、
宮之原昌幸警部が殺人事件を解決するシリーズものの一作だ。
といってもこの作品は経済小説のようでもある。
銀座のバー「キリコ」を訪れた2日後に月丘建設の元常務、
宝生和浩が秋月で残忍な死体となって発見される。
胸には梅の枝が置かれ、コートと上着の間に短冊が挟まっていた。
そこには旅人の
「わが苑に梅の花散るひさかたの 天より雪の流れ来るかも」
という歌が書かれていた。
月丘建設は2ヶ月ほど前に倒産していた。
キリコに勤める冬子は宮之原警部と事件解明のため動く。
そして月丘建設が倒産に至った経緯が少しずつ解き明かされていく。
倒産の前に月丘建設の株を売ったのは柳明笵。
そのバックには元建設大臣の粟津がいた。
なぜ宝生は秋月で死んだのか。
福岡県は粟津の選挙区であり、太宰府に家があった。
さらに背後に政官財界を牛耳ったフィクサー、鬼島がいた。
その愛人鳥海弥生が政官財界の大物が集うサロン「ロプノール」のママであり、
出身地が秋月だった。
宝生が秋月へ行く前、立ち寄ったということで太宰府が登場する。
冬子と宮之原警部は都府楼前駅にやって来て、
展示館、観世音寺、五条、天満宮を訪れる。
作中描写される古代の大宰府については的確だ。
ここで宮ノ原警部は面白い説を語る。
「白村江の戦いで百済が滅び貴族のほとんどが日本に移住した…。
大和政権は百済そのものなんじゃないか」と。
柳明笵は株を売った大金の小切手をヘッジファンドに送金した。
ここで作家はヘッジファンドというマネーゲームを批判する。
「今の不況はバブルの後始末が上手く行かないから。
銀行が国や大蔵省を頼りにして自分で後始末をつけないから。
同時に金融行政を取り仕切っていた大蔵省の責任でもある。
その後のビックバンでアメリカは1200兆円と言われている
日本人の個人資産を剥ぎ取ろうとしている」と。
そして巨額の金はヘッジファンドに送られたのだ。
最後で宝生と旅人の関係が語られる。
宝生は大宰府へ左遷された旅人に自分をなぞらえたのではないかと。
「歴史は陰謀と裏切りの連続。時代が変わってもそれは変わらない」
しかし、梅は永遠に咲き続けている小説は結ばれている。
確かに。人の世は醜い。
けれど梅は今年も高貴な香りを漂わせれいる。

九州太宰府殺人事件 (ハルキ文庫) -
九州太宰府殺人事件 (ハルキ文庫) -
posted by 理乃(ニックネーム) at 23:02| 福岡 ☀| Comment(0) | ★太宰府関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

毘沙門堂再建

去年の12月12日に火災で全焼した国分寺奥の毘沙門堂。
なんと、もう再建されていました。
びっくり!

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中の毘沙門天様は?

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修理中ということなので、いずれ戻って来られるでしょう。
よかった!
posted by 理乃(ニックネーム) at 23:09| 福岡 ☔| Comment(0) | ●毘沙門堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする