2019年08月13日

「万葉の華 小説坂上郎女」三枝和子

万葉の華―小説 坂上郎女
万葉の華―小説 坂上郎女

大伴旅人の時代の小説を探して出会った書。
坂上郎女は旅人の異母妹。
旅人の妻が亡くなったのち、
旅人を支えるために大宰府にやってくる。
梅花の宴の章もある。
食べ物や食器まで描かれているところが女性作家らしい。
旅人亡きあとは家刀自として大伴家を支えた。
この小説では万葉集の発案は坂上郎女のものとなっている。
朝廷の権力闘争にいやおうなく巻き込まれる大伴家。
坂上郎女はそんな中で波乱に満ちた生涯を送る。
家持は陸奥に派遣されている最中に病死。
家持の息子の永主も隠岐に流され、
坂上郎女が支え続けた名門大伴家は没落する。
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2019年08月06日

「中大兄皇子伝」黒岩 重吾

中大兄皇子伝〈上〉 (講談社文庫)
中大兄皇子伝〈上〉 (講談社文庫)

中大兄皇子伝〈下〉 (講談社文庫)
中大兄皇子伝〈下〉 (講談社文庫)

白村江の戦いを指揮した中大兄皇子。
戦いに敗れると水城と大野城、基肄城を築いた。
大宰府の地も行き来したはず。
入鹿を殺害した残虐な皇子の生涯が知りたく、
この本を読んでみた。
新しい律令国家を建設するために、
鬼となって邪魔者を排除した皇子の青年期から死までを追った小説。
血気盛んな皇子に侍る鎌足。
激動の時代を生きた皇子は数々の禁忌を打ち破った。
残念ながら水城は築いたとあるだけ。
億礼福留がわずかながら登場。
他に億礼福留が出てくる小説はあるんだろうか?
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2019年07月28日

梅の意匠コレクション

プラムカルコアの壁。

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posted by 理乃(ニックネーム) at 13:39| 福岡 ☁| Comment(0) | ★梅の意匠コレクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月27日

這松天満宮

今日の「もっと知ろう太宰府講座〜太宰府ゆかりの天神伝承と縁起絵」のmemo。
大牟田市船津町の這松天満宮にも道真公上陸の伝承があるということ。
100年前には寺子屋があって、近隣の人々が学習していたらしい。
posted by 理乃(ニックネーム) at 16:39| 福岡 ☁| Comment(0) | ●太宰府天満宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月25日

火難避け

情報を得たので確認してきました。

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これは火難避けだそうで、
梅と三つ巴と瓜の意匠が施されています。

太宰府天満宮御本殿内部です。
posted by 理乃(ニックネーム) at 18:24| 福岡 ☀| Comment(0) | ●太宰府天満宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月18日

2019.6.4 筑紫万葉の故地をたずねてI都府楼跡東側の万葉歌碑

ラスト、都府楼跡東側(大宰府展示館横)の万葉歌碑です。

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「あをによし 寧楽(なら)の京師(みやこ)は
咲く花の  薫ふがごとく 今さかりなり」
(小野老)

〜奈良の都は咲く花が香るように今盛りだ〜

小野老(をののおゆ)は大宰少弐でした。
大宰少弐は大宰帥の下の大弐の次官。
旅人の部下となります。
神亀5年(728年)4月頃大宰少弐として大宰府に赴任したのち、
小野老は10月頃大宰府の実情を朝廷に報告する朝集使として
平城京に赴き報告し、
その後も神亀6年(729年)3月頃まで
平城京に留まっていました。
小野老が平城京にいる間の神亀6年(729年)2月11日に起こったのが
長屋王の変。
長屋王の変後の3月4日の叙位では
藤原氏サイドの官人が多く昇進し、
小野老も従五位上に昇進しています。
のちに大宰大弐にもなっています。
藤原四兄弟が幅を効かせていた平城京を讃える歌だとしたら、
長屋王サイドだった旅人と
は、裏で確執があったのかも・・・。
梅花の宴もそういう政治上の立場といった目線で見ると、
また違った見え方をしてきます。

ちなみに梅花の宴では小野老は以下の歌を詠っています。

「梅の花 今咲ける如(ごと) 散り過ぎず
わが家(へ)の園(その)に ありこせぬかも」

〜梅の花は今咲いているように、散り過ぎず、わが家の庭にも咲いてほしい〜

この歌は大弐紀卿の次に詠まれています。
posted by 理乃(ニックネーム) at 17:59| 福岡 ☁| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019.6.4 筑紫万葉の故地をたずねてH都府楼跡北側の万葉歌碑

都府楼跡北側の万葉歌碑です。

「世間(よのなか)は 空(むな)しきものと 知る時し
いよいよますます 悲しかりけり」
(大伴旅人)
〜世の中は空しいものだと思い知ったとき、
いよいよますます悲しいものだ〜

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この歌は万葉集巻五の冒頭に置かれています。
万葉集を編纂した旅人の息子、家持も、
この歌に思い入れがあったのでしょう。

大伴家は代々武門の名家。
養老4年(720年)、旅人は隼人の反乱を鎮圧するために
征隼人持節大将軍に選ばれ、
隼人征討に南九州にやってきました。
隼人側は数千人の兵が集まり、
7ヶ所の城に立て籠もりました。
朝廷側は九州各地から1万人以上の兵を集めて
戦ったといいます。
大宰府では赴任後まもねく妻を亡くし、
729年には長屋王の変も起こり、
心中は空しさでいっぱいだったことでしょう。
そんな中で生まれた歌でした。
揮毫は奈良女子大学名誉教授の坂本 信幸氏。

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ラベル:大伴旅人
posted by 理乃(ニックネーム) at 17:29| 福岡 ☁| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

筑紫万葉の故地をたずねてG坂本八幡神社の万葉歌碑

令和で最も人が押し寄せている坂本八幡神社の万葉歌碑です。

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「わが岡(をか)に さ男鹿(をしか)来鳴く
初萩(はつはぎ)の 花嬬(はなづま)問ひに
 来鳴くさ男鹿」
(太宰師大伴旅人)
〜わが家の岡に男鹿が来て鳴いている。
初萩に妻を求めてやって来て鳴く男鹿よ〜
梅花の宴は大伴旅人邸で行われました。
その場所は定かではありませんが、
旅人がこの歌に我家は岡にあると詠っているため、
少し岡になっている坂本八幡神社一帯が
旅人邸の候補地に上がっています。
大宰府に赴任してすぐに妻を亡くした旅人。
牝鹿を探して鳴く牡鹿に
自身の姿を重ね合わせて読んだ歌なのでしょう。
このあたりは昭和47年、61年、62年に発掘調査が行われ、
掘立柱建物跡や鍛冶工房の跡を示すような出土物が出ましたが、
大規模な建物跡などはまだ見つかっていません。
posted by 理乃(ニックネーム) at 14:34| 福岡 ☁| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月17日

筑紫万葉の故地をたずねてE九州国立博物館の万葉歌碑

九州国立博物の駐車場側に万葉碑があります。

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「ここにありて 筑紫(つくし)やいづち
白雲のたなびく 山の方(かた)にし あるらし」
(大伴旅人)
~ここ奈良の都にいて、筑紫はどこなのだろう。
白雲のたなびく山の方にあるらしい〜

この歌は沙弥満誓が旅人に贈った歌に、
奈良に戻った旅人が応えたもの。
歌碑は平成17年に九州国立博物館ができる前の
昭和59年に建てられています。
福岡地区11ロータリークラブの寄贈を受けて、
財団法人古都大宰府を守る会(現在の古都大宰府保存協会)が
建てました。

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元は九博の駐車場の場所にあった
九州歴史資料館内に建てられました。
田村圓澄館長が愛された歌だったそうです。
その後、九州歴史資料館は小郡に移転。
歌碑は九州国立博物館に置かれることとなったのです。
posted by 理乃(ニックネーム) at 23:53| 福岡 ☁| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

筑紫万葉の故地をたずねてD太宰府天満宮の万葉歌碑

太宰府天満宮の菖蒲池の傍らに背の高い万葉碑があります。

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令和で話題の大宰師大伴旅人邸で開かれた
梅花の宴(730年)で詠まれた三十二首の歌のうちの一つで、
第二集団の最後の歌になります。

「万代(よろづよ)に 年は来経(きふ)とも 梅の花
絶ゆることなく 咲きわたるべし」

(筑前介佐氏子首 ちくぜんのすけさしのこおびと)

〜千万(ちよろず)ののちまで年が来ては過ぎゆこうとも、
梅の花は絶えることなく、咲き続けるだろう〜

筑前介とは、筑前守の次官。
筑前守だった山上憶良の下で働いていた方なのですね。
二人は大宰府でいったいどんな会話をしていたのだろう、と思います。

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太宰府天満宮菖蒲池

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カシワバアジサイ

※筑紫万葉の故地をたずねて@〜Cは「理乃の福岡便り」に掲載。
posted by 理乃(ニックネーム) at 18:25| 福岡 ☁| Comment(0) | ★万葉歌碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする