2021年05月17日

2021.5.16 戒壇院の定家葛

戒壇院へ行く道で定家葛が花盛りでした。

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毎年見ているけど、
今年はいつもより鬱蒼としていました。

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観世音寺境内でも白いかたまりが目立っていました。
名前の由来は式子内親王を愛した藤原定家が、
死後も忘れられず、葛に生まれ変わって墓にからみついたという伝説から。
乳液は有毒です。

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2021年05月16日

太宰府天満宮本殿背後の摂社B御子社 高視命(2021.2.24)

老松社の右には御子社が四社並んでいます。
一番目は高視命(たかみのみこと)。

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高視は道真公の長男。
母は宣来子です。
893年に文章得業生となっています。
道真公が大宰府に左遷されると、
連座して土佐介に流されました。
5年後に帰京して大学頭に復しますが、38歳で病没。
高知の潮江天満宮は高視が道真公死去の知らせを受け
創建したと伝わり、
住居跡のある山は高見山と呼ばれています。
潮江天満宮HPによると、
高視に道真公の薨去の知らせをもたらしたのは侍臣白太夫といいます。
白太夫は遺品を手にして高視に伝えるため土佐に向かいましたが、
老齢と難路に苦しんで健康を害し、
霊松山雲門寺にたどりつくも、
905年に79歳でなくなりました。
高視が白太夫の没後遺品をおさめて祀ったのが
潮江天満宮の由来とされています。

*Wikipedia、潮江天満宮HP参照
ラベル:摂社 御子社 高視
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2021年05月15日

太宰府天満宮本殿背後の摂社A老松社(2021.2.24)

太宰府天満宮本殿背後の摂社の中でもひときわ大きい老松社。

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道真公の父君、是善公(これよしこう)と
母君、伴氏(ともし)をお祀りしています。
是善公もまた幼い頃から優秀で
文章博士、東宮学士、大学頭、近江守などの国司も歴任しました。
是善公はその父、清公公(きよきみこう)からの私塾
「菅家廊下」も主宰して
優秀な後進を育てています。
道真公の母君は伴真成の娘。
伴氏は大伴氏が改姓してなった名前。
道真公幼少の教育環境は万全のものだったのですね。
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太宰府天満宮本殿背後の摂社@福部社(2021.2.24)

太宰府天満宮本殿背後の摂社には
御身内の方々と恩師が祀られています。
一番左の福部社(ふくべしゃ)には
師の島田忠臣(しまだのただおみ)公が祀られています。

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忠臣公は漢詩人で娘の宣来子(のぶきこ)は
道真公の正室です。
忠臣公は道真公の父、文章博士菅原是善(これよし)公に師事し、
省試に及第して文章生となりました。
是善公は忠臣公の漢詩の才を高く評価して、
嫡男道真公の教育にあたらせたということです。
忠臣公は貞観15年(873年)頃、大宰少弐にもなっています。

*Wikipedia参照
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2021年05月11日

シモツケ@落合公園

落合公園のシモツケがきれいでした。

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最初に下野国で発見されたからシモツケだそうです。
絶滅危惧に指定されている県もあるみたいですが、
太宰府でよく見かけるのは
戒壇院が東大寺、下野薬師寺、
観世音寺に設けられたことにも由来するのでしょうか。

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2021年05月06日

国分寺の花たち

聖武天皇が国家鎮護のために建てた国分寺。
コロナはますます猛威を払っていますが、
花たちは元気です。

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ヤマボウシ

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シャリンバイ
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政庁通りでも咲いているチガヤ(ツバナ)の白い穂が
妖精の毛皮の襟巻きのようでかわいいです。

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2021年05月03日

大阪唐木指物 菓子切り

4月21日に行った九博の
「よみがえる正倉院宝物―再現模造にみる天平の技―」(6月13日まで)。
再現された宝物はもう一つの芸術でした。
特設売店で目にした紫檀の菓子切りが気に入ったので、
お客様用に買ってきました。

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工房キハラの菓子切り

コロナでお客様にお菓子をお出しすることも
難しくなっていますが・・・。
紫檀は木のダイヤモンド。
透かし彫りの模様は吉祥文様の唐草。
鎬(しのぎ)が平なところが特徴。
蛤刃は求肥などのお菓子は切れにくいのですが、
これは切れ味がいい。
なんと切っ先が欠けたら無料で修理してくれるとのこと。
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2021年05月02日

「裸足の皇女(ひめみこ)@永井路子

裸足の皇女(ひめみこ) (文春文庫) - 永井 路子
裸足の皇女(ひめみこ) (文春文庫) - 永井 路子

古代を舞台に歴史の脇役にフォーカスした短編9編でまとめられた本。
主人公となるのは以下の人物たち。
欽明天皇の妃、蘇我小姉君(そがの おあねのきみ)。
大津皇子の妻、山辺皇女。
穂積皇子と坂上郎女。
藤原麻呂と坂上郎女。
百代と坂上郎女。
宿奈麻呂と坂上郎女。
弟上娘子と中臣宅守。
登紀麿と川樫皇女。
坂上郎女が多く、作者のお気に入りの人物だったのでしょうか。
細やかな心理描写は女性作家ならでは。
中の一編「水城相聞」は大宰府が舞台。
恋多き坂上郎女が旅人に呼ばれ大宰府にやってきます。
そして大伴百代と束の間の恋をします。
「事もなく 生き来しものを 老いなみに かかる恋にも 我はあへるかも」
百代の恋の歌のお相手は坂上郎女だったというお話。
梅花の宴にも参列している百代。
その後、豊前守にもなったそう。
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2021年05月01日

「威風凛々 烈士鐘崎三郎」@鐘崎三郎顕彰会編

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「威風凛々 烈士鐘崎三郎」という本を読むまで、
鐘崎三郎という人は知りませんでした。
太宰府にもゆかりのある人であることが
読んでみてわかりました。
鐘崎三郎は現在の城島町の出身。
その父寛吾は円心と名乗る絵師でもあり、
太宰府天満宮宝物殿が所蔵している
神幸式絵巻の写本を描いています。
寛吾は城島の青木天満宮(青木村はかつて安楽寺の荘園だった)の社僧でしたが、
太宰府天満宮安楽寺の社僧となり、
その後、平戸の樹光寺の住職となりました。
妻の貞は太宰府天満宮の社家、小野家の出身でした。
寛吾は明治2年に三郎が生まれたあと、
長崎に移り、そこで亡くなりました。
三郎はのちに母も亡くし、
11歳で福岡の勝立寺の住職、加藤日龍の弟子になります。
しかし運命を変えようと出奔。
上京して東京幼年学校に入るも兄の死で帰郷。
三潴郡役所で働くも落ち着かず、長崎で中国語を勉強。
明治24年に日清貿易研究のために上海に渡航。
明治27年に日清戦争が起こると人並みはずれた能力をかわれ
通訳官として諜報活動に従事。
偵察中に捕らえられ処刑されました。
葬儀には3万人が参列したそうです。
三郎が志したものとは?という問いをこの本は追いかけます。
明治に散った青春。
その三郎の胸像は風浪宮外苑大川公園にあります。
posted by 理乃(ニックネーム) at 15:03| 福岡 ☔| Comment(0) | ★太宰府関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月20日

「白村江」荒山 徹

白村江 (PHP文芸文庫) - 荒山 徹
白村江 (PHP文芸文庫) - 荒山 徹

白村江の戦関連の小説はいくつか読みましたが、
これは圧倒的でした。
作家は朝鮮半島の歴史・文化を学ぶために
韓国に留学したとかで、
半島の状況が詳細に描かれ、
倭国側からでない視点があります。
660年、唐・新羅連合軍によって滅亡した百済。
王と一族は長安に送られました。
ただ政敵として鬼室福信によって孤島で殺される直前、
入鹿によって救われた豊璋がただ一人残っていました。
孤島での豊璋の母の無残な殺戮から始まる場面は
まるで生臭い血の匂いのする映画を見ているよう。
その筆力に鷲掴みされ、
小説世界に引き込まれていきます。
新羅の金春秋、高句麗の泉蓋蘇文、
蘇我入鹿、葛城皇子(天智天皇)、
古代の登場人物が入り乱れる激動の東アジア。
ついに迎えた白村江の戦いで明かされる
葛城皇子の野望とは!
白村江の戦いで惨敗したにかかわらず、
襲ってこなかった唐。
そして大挙して亡命してきた百済高官たちが、
その後の日本で果たしてきた重要な役割・・・。
白村江の戦いの意味を考える貴重な一冊。
*歴史・時代小説ベスト10(週刊朝日/2017年)第1位。
歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞
本屋が選ぶ時代小説大賞2位。
posted by 理乃(ニックネーム) at 12:53| 福岡 ☀| Comment(0) | ★太宰府関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする