
令和で話題の大宰師大伴旅人邸で開かれた
梅花の宴(730年)で詠まれた三十二首の歌のうちの一つで、
第二集団の最後の歌になります。
「万代(よろづよ)に 年は来経(きふ)とも 梅の花
絶ゆることなく 咲きわたるべし」
(筑前介佐氏子首 ちくぜんのすけさしのこおびと)
〜千万(ちよろず)ののちまで年が来ては過ぎゆこうとも、
梅の花は絶えることなく、咲き続けるだろう〜
筑前介とは、筑前守の次官。
筑前守だった山上憶良の下で働いていた方なのですね。
二人は大宰府でいったいどんな会話をしていたのだろう、と思います。

太宰府天満宮菖蒲池

カシワバアジサイ
※筑紫万葉の故地をたずねて@〜Cは「理乃の福岡便り」に掲載。



